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| 日本映画(監督別) |
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| 弥太郎笠 監督: マキノ雅弘 1960年 製作: 東映(京都撮影所) ★★★★ 『彌太郎笠 前篇・後篇』(1952年・新生プロ製作、新東宝配給)のリメイク。
武士の身分を捨てて渡世人になったりゃんこの弥太郎(中村錦之助)。 八州廻り接待の宴会で、悪巧みを暴かれたお神楽の大八は逆恨みをして、祭りの喧噪に紛れて虎太郎を殺害する。親分を失った子分たちは、あらかた大八の側に寝返り、あるいは土地を離れてしまった。 一方の弥太郎は、気のいいいかさま師の吉太郎(千秋実)と出会って気楽な旅を続けていたのだが、虎太郎の子分だった男(原健策)からその後のいきさつを聞くと、血相を変えて松井に引き返す。 ふたたび八州廻りの桑山が上州を訪れることを知ったお神楽の大八は、悪事の露見を怖れて、多くの浪人ものを雇い、弥太郎を始末しようとする。 *************************************************************
この「粋なおせっかい」は、もともと、丘さとみへの恋心がさせたものであり、弥太郎には、それが逆に彼女を不幸にさせてしまったという引け目がある。 そんな微妙な物語の綾が、純真そのものの娘を演じる丘さとみと、性的なニュアンスを寄せつけないヒーローである錦之助との恋物語に、ますます複雑な影を落とす味わいの深さが、本作の最大の見どころでしょう。 ふたりは自分たちの恋心を口にすることはなく、祭りの夜の軒下を飾る燈籠に書かれた「こんな奴 惚れるもんかゞ惚れはじめ」だとか「話し出そうか打ちあけようか 云えぬあたしがじれったい」だとかの寸言が心中を代弁するのだし、再会がかなったときは親分の死への責任が前に立ち、ふたたび心を許しても渡世人の意地が別れを促す。 恋の激情を示すことはまったくないのだけれど、錦之助と丘さとみの表情やしぐさの一つ一つに、まるで少年少女のようにうち震える彼らの心が宿っている。 派手な展開こそないけれど、噛めば噛むほど味わいの増す名篇です。 (2008/01/20 東京国立近代美術館フィルムセンター 生誕百年 映画監督 マキノ雅弘(1) 2008/04/26記)
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