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日本映画(監督別)>マキノ正博/マキノ雅弘>婦系圖 [総集篇]

婦系圖 [総集篇]

監督: マキノ正博 

1942年

製作: 東宝映画
原作: 泉鏡花
脚本: 小国英雄
校閲: 久保田万太郎
撮影: 三浦光雄
音楽: 鈴木静一
出演: 長谷川一夫, 山田五十鈴, 高峰秀子, 古川緑波, 村瀬幸子, 三益愛子, 山本礼三郎, 進藤英太郎, 菅井一郎, 小杉義男, 滝口新太郎, 山根寿子, 沢村貞子, 三谷幸子, 田中筆子


★★★★山田五十鈴を堪能

[原作小説のネタバレあり]
映画は映画、独立した創作物で、原作と違うからどうだというものでもないのだし、努めてそういう見方をする観客であろうと努めてもいるのだけれど、こと「婦系圖」に関しては事情が特別です。
「婦系圖」ものの映画をたくさん観て比較検討しているわけではないので、正しいことわからないのだが、もしかすると、泉鏡花の小説「婦系圖」そのものが映画化されたというケースは、一度もないのではないか。

映画『婦系圖』は、清い心の持ち主である早瀬主税(長谷川一夫)とお蔦(山田五十鈴)のストレートな悲恋物語なんですけど、原作「婦系圖」は早瀬主税という悪党の、上流社会への憎悪からくる常軌を逸した復讐物語で、お蔦は物語の前半で主税の復讐計画の(多少極端にいえば)踏み台にされる女の一人にすぎません。
鏡花本人も言っているのだが、ほんとうのヒロインは、物語中盤から登場して、主税がたらしこむブルジョア一族の人妻、管子という女性。お蔦が死を迎えたとき、小説の主税はこの人妻攻略作戦の真っ最中なわけです。

この原作が最初に新派で舞台化された際(明治四十年)に、お蔦を演じた女優・喜多村緑郎の人気が高く、それに気をよくした鏡花が書いた、原作の設定の一部を転用したスピンオフ戯曲が「湯島の白梅」であって、これがのちの「婦系圖」ものの舞台作品や、本作を含む映画作品のストーリーの中核になっている。
原作小説には、湯島の境内の場面なんかありません。

そもそも(この映画では冒頭から明らかにされる)主悦がもとは浅草の××であった、という彼の出自は、小説の最後に驚愕の事実として明かされるのであって、何を考えているのかわからない謎の男が、ブルジョア一族の女を騙して次々と手篭めにして、最後には一族をほぼ皆殺しに追い込むという、とんでもないピカレスク・ロマンなんです。

映画は原作とは別物で、戯曲「湯島の白梅」を題材に、お蔦をヒロインに仕立て上げたファンタジーなのだと信じて観賞したいとは思うんですが、原作で明かされる、ほとんど狂人の早瀬主税の正体がつい目の前にちらついて、努力をしても、ぜんぜんロマンに浸れないのは困ったもので、原作のとんでもなさが二次創作物の鑑賞を邪魔するという、珍しいケースですね。

しかし本作は、とにもかくにも山田五十鈴の映画。
あどけなさが残る少女時代から、粋な芸者の姐さん、嬉々として新所帯を切り回し、病に倒れる悲劇の人妻を、完璧に演じ分けています。
なんだかもう、この人が表情一つ動かすだけで、画面にみなぎる空気がまったく変わってしまうとでもいうのか、神懸かりのコントロール能力です。
いや、表情一つ動かさなくても、この人の不思議なのっぺりとした顔立ちのクロースアップ一発で、濃密な映画の香りが立ちこめる。

これを観ているだけで、至福の時間を過ごせる映画。間違いなくマキノの傑作の一つです。
原作ファンとして、高峰秀子演じる令嬢・妙子にも満足しました。

山田五十鈴の芝居をたっぷり見せる編集なので、「総集篇」であることの弊害はあまり感じられないのだけれど、戦時下の内閣情報局の検閲を通すためにこじつけたという、早瀬主税が火薬の専門家だという設定がわかりにくくなっている。
フィルムセンターのチラシ解説文によると、「正篇と続篇を戦後にマキノ自ら再編集した総集篇で、ラストが、火薬の爆発シーンから湯島の境内のフラッシュ・バックに変わっている」のだそうで、山田五十鈴をクロースアップするという意味ではよかったのかな。


(2008/04/28 シネマヴェーラ渋谷「生誕百年 マキノ雅弘(3)」 2008/05/02記)


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