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日本映画(監督別)>マキノ正博/マキノ雅弘>忠臣蔵 [天の巻・地の巻 総集篇]

忠臣蔵 [天の巻・地の巻 総集篇]

監督: マキノ正博 [天の巻], 池田富保 [地の巻] 

1938年

製作: 日活(東京撮影所 [天の巻], 京都撮影所[地の巻])
脚本: 山上伊太郎 [天の巻], 滝川紅葉(池田富保) [地の巻]
撮影: 石本秀雄 [天の巻], 谷本精史 [地の巻]
音楽: 西梧郎 [天の巻], 白木義信 [地の巻]
出演: 阪東妻三郎, 片岡千恵蔵, 嵐寛寿郎, 月形龍之介, 市川右太衛門, 山本嘉一, 星玲子, 尾上菊太郎, 沢村国太郎, 花柳小菊, 志村喬, 滝口新太郎, 杉狂児, 大倉千代子


★★★忠臣蔵映画として立派

マキノ省三没後十周年記念企画として製作された大作。
「マキノ一党が山上のホンなんかたよって日活に来たのではないこと、そしてマキノ一家は私独りではなく、皆が集まってマキノ一家になるのだということを示すために、私自身は前篇の『天の巻』だけの監督をやることにし、後篇の『地の巻』はやはりマキノ出の池田富保に監督を委ねることにした」(「映画渡世 天の巻」)のだそうで、東京と京都で同時進行で撮影されたのだそうです(だからスタッフが真っ二つに分かれている)。

主な配役は、阪東妻三郎(大石内蔵助)、片岡千恵蔵(浅野内匠頭、立花左近)、嵐寛寿郎(脇坂淡路守、清水一角)、月形龍之介(原惣右衛門、小林平八郎)、山本嘉一(吉良上野介)、瑤泉院(星玲子)と二役が多いので、知らずに観ていると、えっ、さっき別の役で出ていなかったっけ? と驚きました。

現存しているのは短縮された総集篇で、いくつかのエピソードをまるごと省略する編集であり、とくにマキノが監督した「天の巻」は、大筋にかかわる部分だけが残されていて、非常に味気ない。
とはいえ、忠臣蔵の決定版となる「立派な作品」を作るという意気込みだけは、十分に伝わってくる出来映えです。一つ一つのショット(特に女性が登場する場面)が、浮世絵の絵面のように決まっていて、格調が高い。
しかし、「映画渡世」で感動的なエピソードが語られている、轟夕起子の出演シーンもまるごとカットされ、短い「城明け渡し」の場面までで、あっという間に天の巻は終わり。

続いて地の巻。
歌舞伎でいえば「一力茶屋」の場面から。とはいってもおおむね、多くの忠臣蔵映画がそうであるように、「元禄忠臣蔵」がベースになっているんですが、内蔵之助一行が日野家用人一行に化けて、ひそかに江戸入りを目論む場面では、片岡千恵蔵演じる立花左近という人物が登場して、あれ、こんな人、忠臣蔵に出てきたっけ?

立花左近を騙った内蔵之助に、本物の立花左近が認可状を見せろと詰め寄ると、内蔵之助が差し出した認可状は、なんと白紙。そこに長唄勧進帳が流れる。
大胆にもこのエピソード、「勧進帳」の見立てになっているんですね。これには感動。
白紙の認可状を差し出して、なおも堂々と構える内蔵之助の姿を見て、なにかの訳ありだと踏んだ立花左近は、床の間に畳んであった内蔵之助の羽織の紋を見てハッと気づき、自分こそ偽物だと詫びて、通行手形にもなる認可状を内蔵之助に与える。

こんな独創的な名場面、いったい誰のアイディアなんだと思って帰宅後に調べると、これが牧野省三のオリジナルなんだそうですね。
 (参考URL http://www.asahi-net.or.jp/~uy7k-ymst/akou2/kuramovi.htm
その後の忠臣蔵映画(『赤穗浪士 天の巻 地の巻』(松田定次・昭和31年)など)にも、この設定は流用されているのだそうで、牧野省三という人は偉大だったのだなと感服しました。

瑤泉院の腰元の一人に紛れ込んだ吉良方の女間者(橘昇子)の影が障子に映るサスペンスだとか、そば屋の二階で待機をしている四十七士と、女間者が捉えられるエピソードがクロスカッテイングされて、女間者が持っていた連判状が床に転がって広がり、志士の名前がズラッと連なったところで、一気に蜂起のシーンにつながる呼吸にも興奮させられて、なかなか見どころのある演出です。

討ち入りの場面で、四十七士の一人が見得を切るところが大写しになって、手にした槍に萱野三平重實という名札がぶら下がっているので、役名がわかるんですが、この尾上菊太郎という役者、調べてみると、げえっ、若き日の十三世仁左衛門ではないですか! びっくりしたなあ。

マキノ映画としては、マキノらしさがほとんど感じられない(カットされているのか?)つまらない作品ですが、数ある忠臣蔵映画のなかでは、もし全篇が残っていたら決定版の一つになったのだろう立派な作品でした。


(2008/04/10 シネマヴェーラ渋谷「生誕百年 マキノ雅弘(3)」 2008/04/12記)


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