[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」

帰ってきた モニターの中の映画館

日本映画(監督別)>マキノ正博/マキノ雅弘>仇討崇禅寺馬場

仇討崇禅寺馬場

監督: マキノ雅弘 

1957年

原案: 山上伊太郎
脚本: 依田義賢
撮影: 伊藤武夫
音楽: 鈴木静一
出演: 大友柳太朗, 千原しのぶ, 堀雄二, 進藤英太郎, 三島雅夫, 杉狂児, 風見章子, 三条雅也, 松浦築枝, 徳大寺伸


★★★★千原しのぶがいい!

噂には聞いておりましたが、むちゃくちゃいいですね、この映画。
武家社会の理不尽が導く悲劇と、やくざの娘のせつない盲目の恋、そして不気味な幽霊噺の要素もあって、とても充実しています。


**************************************************************

岡崎藩本多家の武術指南役を務めていた生田伝八郎(大友柳太朗)が、柳生流の若者との御前試合で不公平な負けの判定を受け、試合後に遺恨を断ち切れきれずに対戦相手を殺害してしまう。

藩を出奔した彼は、難波に逃れて沖仲仕の組に身を寄せるのだが、そこで親分万造(進藤英太郎)の一人娘、お勝(千原しのぶ)に惚れられる。その頃、国もとでは、殺された若侍の兄二人が、敵討ちの旅に出立していた。

敵討ちを知った伝八郎は、自から兄弟に接触して決闘の場を崇禅寺馬場に指定し、命はないものと諦める。しかし、恋心に火のついたお勝は、大勢の子分たちを引き連れて助太刀に駆けつけ、二人の侍をなぶり殺しにする。

やくざによる虐殺と伝八郎の卑怯に、世間の非難は集中。
万造は保身のために、伝八郎にすべての罪をなずりつける。追い詰められ、発狂した伝八郎は、今なお彼を慕うお勝とともに知人の店に隠れていたのだが、ある日、惨殺された侍の幽霊に導かれて、ふたたび崇禅寺馬場に向かう。

折りしもその日は、死んだ侍たちの四十九日。寺へ回向に来ていた伝八郎の義理の父(三島雅夫)や、狂人からお勝を取り戻すために駆けつけた万造と子分たちに取り巻かれる。
最後まで伝八郎をかばうお勝は、この人はわての人や、と、彼と心中をする決意だった……。

**************************************************************


大友柳太朗演じる、暗い過去を背負った侍に、全身で恋をするやくざの娘、千原しのぶが最高にいい。
子分たちから、とーさん、とーさん("いとはん" の変化型らしい)と慕われるのももっともな美貌と気っぷのよさで、惚れた男を意地でも立てる、若さゆえの無鉄砲がなんとも可愛らしいんです。

大友に好きだと言ってもらいたさに、女だてらに口説の文句を並べて、男から、自分は人殺しだ、敵を持つ身だと告白されてもひるむどころか、あたしらやくざの家業じゃ切った貼ったはご飯の滓、こんなものを持っているんですよ、と、懐から一丁の拳銃を取り出して、いざとなりゃお前さんのためには、という心意気をみせるところ。
いいね、いいね、惚れちゃいますね。

狂った大友を囲んだ最後の大殺陣で、愛する男の一太刀をあびて、しなをつくって地面に伏せるところなんて、せつないという字を女の躰で書いたような艶っぽさ。いかにも気の強そうな、冷たい美貌を持つ女優が、ここではすっかりマキノ好みのヒロインに変貌している。
こういう、身も心も男に捧げる女、という、空想上の生き物みたいなものを描くのはマキノの独擅場で、ことに、恋のために拳銃を振りかざす女侠像は、(現存する最も古いフィルムだと)『忠治活殺剱』(1936)の原駒子から『日本大侠客』(1966)の藤純子に至る、マキノ作品の核心的なヒロイン像だと思われます。

悲劇を一身に背負う大役を得て、大友柳太朗も大熱演。
でも、本当のことをいうと、この映画の大友柳太朗、あまり好きではない。
芝居が下手、というのは、よくいわれているようなのだが、この屈折した役柄を熱演はしているものの、どうも繊細な内省が不足して、その場限りの勢いで行動しているように見えてしまう。
どうにもならない運命の悲劇、というよりも、剣の強さも中途半端で、虚栄心も捨てきれず、他人の心も受け止められず、寛容さに欠ける、この男の性格の弱さがすべての悲劇を招いた、という気がしてくるのです。

それはそれでこのよくできた悲劇の、現代的解釈(本作は『崇禅寺馬場』(1928)のマキノによるセルフリメイク)なのかもしれないけど、先日観た『花の吉原百人斬り』で、ナイーブな心を持つ主人公が否応なく悲劇に巻き込まれていく片岡千恵蔵の演技の説得力を思い出すと、大友柳太朗じゃダメだと思うのは、贅沢すぎますかね。
『血文字屋敷』(1962)の二役目の、豪放でノータリンな役とか、大好きでしたが。

と、文句は言いつつも、すばらしい作品。
進藤英太郎の組の間抜けで人情味たっぷりな親分子分たちの大家族的な雰囲気とか、いざ助太刀、というときに、通りへ次々と飛び出す子分たちのコロコロした動きとか、侍を惨殺する場面のお祭り騒ぎ感覚とか、いかにもマキノらしくて楽しい限り。
オープンセットがどことなく奥行きに欠けて、シネスコ画面にとりあえずズラッと人を横並びさせるのが、なんか東映っぽくていいなと思います。


(2008/01/18 東京国立近代美術館フィルムセンター 生誕百年 映画監督 マキノ雅弘(1) 2008/04/08記)


< 目次に戻る

Google