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網走番外地・北海編

監督: 石井輝男

1965年


★★★★自由自在の真骨頂

正攻法の前作からまた一変して、網走刑務所内のコミカルな騒動で幕を開ける。ヒゲ面の由利徹と厚化粧のオカマの砂塚秀夫のドタバタ痴話。さらに新米の囚人も、またオカマで……。
と大笑いしていると、高倉はすぐに仮釈放。シャバに出ると、ムショ仲間に頼まれて金の取り立てに行った社長のところで、雪山難所越えのトラックの運転手を引き受け、ペンケセップなる架空の土地を目指す。
トラックに同乗した荷主は、おなじみの悪役、安部徹と、今は舞台の名優である若き日の藤木孝。

ノリにノって、ハンドルを切る健さん。運転席に座る時間が長いため、必然的にアクションは少なくなるが、爽快な不良性にあふれるセリフとリアクションを連発する。
幌がついたトラックの荷台には、社長の娘(大原麗子)がもぐり込んでいるし、その後も謎の男(杉浦直樹)、骨折をした娘を連れた母親、心中未遂の女といった予期せぬ乗客が、次々に乗り込んでくる。
いわば和製幌馬車道中記なのだが、たとえインディアンの襲撃がなくても、エピソードは尽きることがない。

おもしろいのは、普通ならば見せ場にするような場面を、ことさらあっさりと描いているところ。
高倉と藤木の殴り合いは、すぐにロングに引いてしまうのだし、大原が安部に痴漢撃退の一撃を食らわせる場面は、観客の想像にお任せするという品の良さである。
まるで、疾走するトラックのスピードに遅れまいとするかのようなフットワークの軽さが、この映画の値打ちだ。
その一方で、悪人である藤木孝と杉浦直樹が、ケガをした娘や苦労人の母親、絶望した若い女の人生を、おそらく変えてしまうほどの人間性をのぞかせるという感動も、しっかり用意されている。

エピソードのつながりは、ラフで自由自在。出発当初は旅の目的だった、ムショ仲間の復讐を、笑ってしまうほどあっさり片づけると、間髪を置かず大詰めのアクションになだれ込む。シナリオの悪い見本とされている、いわゆる団子の串刺し形式なのだが、それを大成功させてしまうというところが、石井輝男の才気だ。

前作では橘の故郷の組長だった嵐寛寿郎が、またまた鬼寅親分として、そりゃないだろうと思う場面に再登場して笑わせる。シリーズものの遊びなのだが、その遊び方がイキでいい。


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