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赫い髪の女

監督: 神代辰巳 

1979年

脚本: 荒井晴彦
原作: 中上健次
撮影: 前田米造
音楽: 憂歌団
美術: 柳生一夫
出演: 宮下順子, 石橋蓮司, 阿藤海, 亜湖, 三谷昇, 山口美也子, 絵沢萠子, 山谷初男, 石堂洋子


★★★芸術的浪花節世界

この監督の代表作であり、堂々たる名画だということはよく理解できる。でもぼくは生理的にダメです。この文章を気にせず、未見の方はどうぞ観てください。
神代辰巳のことも、荒井晴彦のことも、よく知らない者の迷い言なので。

以前観た、『一条さゆり 濡れた欲情』(1972)や『女地獄 森は濡れた』(1973)はとても好きだった。それは前者の斬新な疑似ドキュメンタリー的構成とか、後者の観念的な大長編を1時間余りの低予算映画に圧縮してしまう仕掛けだとかを、みごとに成立させてしまう神代辰巳の異常な演出力に圧倒されたから、なのだと思う。
加えて、見たことがないような俳優たちのリアルな演技、女たちのなまなましい存在感、軟弱な常識をはねのける生(性)のたくましさがそこにあって、才能とエネルギーさえあれば、どんな題材も傑作になり得るのだという驚きがあった。

この映画にしても、雨の中で拾った「赫い髪の女」(宮下順子)と土木車両の運転手(石橋蓮司)との、男女の性愛のみで成り立つ閉鎖空間を通して、人間のダメさ加減を徹底的に描き、それでもそこに(まるで生きることの惰性のように)あり続ける、痛々しいまでの愛を濃厚な視線で見据えた、たいへんな傑作なのだが、それを人間の土着(春歌や音頭)の姿なのだと決めつける演歌的思考が、唯一の救いになるというのは、たまらなくやりきれない。
しかも浪花ブルース(憂歌団)経由のそれが、始終雨に降り込められている閉塞感には、スコンと抜けた逃げ道がほしくなる。
雨は男と女の激情を詩的に包む美しい雨なのだけれど、それは雨の日は土方が休みだからという理屈の雨でもあって、ぼくは映画のなかでは、尋常ならざるものがあっけらかんと姿を現す、もっと不条理な雨に降られていたい。


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