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愛欲の標的(ターゲット)

監督: 田中登 

1979年

原作: 勝目梓 「地獄は肌色」
脚本: 桂千穂
撮影: 水野尾信正
音楽: 本多信介
出演: 宮井えりな, 中丸信, 水島美奈子, 日野繭子, 長島隆一, 河西健司, 絵沢萠子, 石山雄大


★★★心地のよいユルさ

心臓病の持病を持つ資産家の夫に倦んだ若い妻(宮井えりな)。
愛人(中丸信)と共謀して、夫をショック死させる完全犯罪に成功したものの、謎の人物からの脅迫状が届く。
亡夫の姪(水島美奈子)を交えた三人の色と金の欲望が複雑に絡み合い、事態は二転、三転。
ヒロインは、若い男(河西健司)を抱き込んで邪魔者を始末し、遺産を独り占めしようとするのだが、意外な落とし穴が……、という話。

田中登がテレビのサスペンス劇場で演出をした『白い悪魔が忍びよる』と『横溝正史の鬼火』を観て、本作を観ると、どれがテレビだか本編だかわからなくなります。
限りなくテレビのスペシャル番組に近い、ユルいムードの作品。
といっても、手抜きは皆無なんですけどね。
互いの腹の中を探り合う三人それぞれが、いきなり悪魔のような笑みを浮かべて凶行におよぶ場面だとか、ギラギラした本性を剥き出しにした宮井えりなの素敵な悪女っぷりとか、ピンクでは聖少女的な役柄ばかり見ていた日野繭子のクレイジーな暴れっぷりとか、印象的な演技が、そつなく組み立てられた桂千穂の脚本に華を添えて、観る者を飽きさせない。

しかし、前作の『天使のはらわた 名美』まで、作品中に煮えたぎっていた、各ショットへの偏執的なまでのこだわりや、「優美なる死骸遊び」的シュールな方法論は、影を潜めてしまっています。

田中登のフィルモグラフィを眺めると、ストーリーの破綻を辞さない凶暴なアヴァンギャルド精神を出発点だとすれば、一方には名人的なストーリーテリングの演出家という一面もあって、不規則な振幅を繰り返しながら、アヴァンギャリストからストーリーテラーへと落ち着いていった、という流れを感じていたんですけど、昨夜、ラピュタ阿佐ヶ谷のトークショーで中川梨絵さんが、『マル秘女郎責め地獄』の頃の田中さんは、直感的で誰にもわからないような話し方をしていたけれど、20年ぶりに再会してみると理路整然と話をするので驚いた、と語るのを聞いて、やはりそういうかたちで円熟を迎えていった監督なんだな、と納得しました。

田中登のフィルモグラフィを振り返ってみると、本作はおそらく、自身の才能を客観的に見つめる余裕を持った監督が、独自の方法論的執着を捨てて、とにかく物語を円滑に語り切ることを意識的に突き詰めてみた、といった類の作品なんじゃないか。
ユルいとはいっても、いい意味での余裕がスカスカを感じさせない、上質のエンタテイメント作品です。

ただし個人的には、アヴァンギャルドとストーリーテリングが絶妙に混交した中期の作品(『マル秘色情めす市場』『安藤昇のわが逃亡とSEXの記録』『発禁本「美人乱舞」より責める!』あたり)がベストだ、と思うのだけれど、ストレートな語りの延長には『丑三つの村』という大きな実りもあるわけだし、全作品を観きれたわけでもなく、テレビ作品の大部分が未見のままでは、田中登の全体像は、自分にはいまだ不明のままです。

(2007/04/08 ラピュタ阿佐ヶ谷「性と愛のフーガ 田中登の世界」 2008/03/23記)


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