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ふぞろいな秘密

監督: 石原真理子 

2007年

原作: 石原真理子『ふぞろいな秘密』
脚本: 右田昌万, 石原真理子
撮影: 百瀬修司
美術: 畠山和久
出演: 石原真理子, 後藤理沙, 堀澤かずみ, 河合龍之介, 花井美代子, 大島直也, 安達有里, 梨元勝, 小西博之


ホラーだとでも思わなきゃ、見てられるか、こんなの

都内で密かに開催された『ふぞろいな秘密』の鑑賞会に参加。ほんとは『ラストラブ』との連続鑑賞会、という拷問のようなスケジュールだったのですが、惜しくも(?)途中からの合流になりました。

さて、話題の石原監督作品。意外といい映画だったらいいなと、すごく好意的にスクリーンに向き合ったわけですよ、なにしろ(直前まで行けるかどうかわからなかったために)当日券に大枚1800円を出してしまったので。

で、最初のうちは、稚拙だけれど、なんとか普通の物語になっていると感じてました。
少女時代のマリコ(後藤理沙)が風邪を引いて寝込んで、父親が看病していると、熱にうなされながら、お父さん、わたしやりたいことがあるの、とつぶやいたらカットが変わって、芸能界入りの話が持ち上がるところなんか、石原(監督・脚本)、語りの省略をわきまえてるじゃん、と感心して見てたんです。

すると、その後、芸能プロにスカウトされたマリコが父親に芸能界入りを相談してみると、父親はなぜだかそれを知っている。驚いたマリコがわけを尋ねると、父親は、彼女が風邪を引いたとき、うわごとで芸能界で働きたいと言っていたと教える。
おかしい、それは私がスカウトされる前だったのに……。
べつに省略でもなんでもなく、自分の芸能界入りには予知夢的な神秘体験があったのだと言いたいがための回りくどい表現だったとわかって、目の前が暗くなりました。

後は想像通りのグダグダなんで、残る期待はタマキ(映画では山置)がどれだけ変態に描かれてるか、という当初の鑑賞目的しかないのです。

これは怖かった。
殴られたり、髪を握って引きずられたり、蹴られたりするたびに、やられる側の主観になって、パンチは飛んでくるわ、視界が旋回するわ、蹴りのアップが入るわ。
私がどれだけ怖くて不当な体験をしたか、あなた方も味わってごらんなさい、といわんばかりのDV疑似映像が、意表を突いて挿入される恐ろしさ。
心理的に筋道立てた説明がないんで、不条理な暴力が呪いのように、観る側に襲いかかってきます。
こうして、意図せずにいきなりホラー監督デビューしてしまったことは、本人的には論外なんでしょうが。

自分を攻撃する者に対する、怨念の発露もものすごい。
マリコが恐怖体験をするたんびに、マネージメント側は冷淡で陰険な態度をとるし、タマキのバンド "セイフティゾーン" のメンバーたちは、新曲のイメージは、不幸に耐えながら輝く女性ってことにしますか、彼女が話題になるんで、うちのバンドは宣伝費がいりませんね、フフフ、と、冷血な会話をかわす悪魔集団のように描かれています (小津安二郎の『東京暮色』もこんな映画だったな、とか、馬鹿なことを考えました)。

でも、困ったことに、タマキ側が意味不明なのと同じくらいマリコの心理も意味不明なんです。
さらに、プロローグとエピローグに登場する石原真理子本人の、あきらかに目の据わった顔を見ると、悪魔を惹き寄せるのはこの女だと思えくる、新たな恐怖が噴出します。

いや、ほんと言うと、主人公たちが物語の要所要所で「象徴的に」リンゴを囓ったり、マリコの両親を演じる俳優の過剰演技で、無理矢理家族の団結が描かれたり、マリコが最後に喰らってタマキと別れるパンチが空虚なスローモーションで描かれたり、最後にはすっかり零落して白髪交じりになったタマキが、生ギター一本の小さなコンサートで彼女には酷いことをしたと反省するオマケも付いて――溢れんばかりの「わたしの思い」が、空振りしまくる、全体的にはこれ以上ない最低の映画なんですけどね。

怨念の念写ともいうべき本作によって、恐怖表現の一点突破をそれなりに果たしてしまった石原監督の執念、恐るべし。 (2007/8/4記)

(2007/6/23 銀座シネパトス)


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