帰ってきた モニターの中の映画館

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悪霊

脚本: 水木洋子 (未映画化シナリオ) 

1967年発表


オカルティズム百科

『ひめゆりの塔』(1953)、『浮雲』(1955)などの名脚本家、水木洋子のもう一つの顔がオカルトマニアだったことは、以前このサイトで書いた『妖婆』(1976)についての文章でも触れました。
そこで悔いが残ったのは、福来友吉教授の業績に感化された水木が、7年間をかけて書き上げたものの、周囲の無理解のためにオクラになってしまったのだという未映画化シナリオ「悪霊」の存在で、なんとかして読みたいと思い続けていたのです。
市川市のサイトに掲載された「水木洋子 プロフィール」には、「東京映画」3月号に掲載されたと書かれているので、当然その雑誌も探してみたものの、(業界の内覧的な雑誌だったのか?)まったく消息がつかめない。

そんなとき、市川市文学プラザの水木洋子資料室に行った友人が、水木洋子市民サポーターの会会長の加藤馨氏(同館の月刊シナリオに「水木洋子の一生」を連載中)とお会いして、「悪霊」のシナリオと肉筆原稿が閲覧可能だという確認をとってくれて、さっそく現地へ同行させてもらいました。

文学プラザで我々が目にしたのは、(加藤氏によれば当時「電話帳」と呼ばれていた)468枚におよぶ分厚い原稿の束と、初稿印刷台本二冊でした。
映画のシナリオなんて、一時間もあれば充分と高をくくっていたのだけれど、大部の上に読みにくいシナリオを前にして、既に午後三時を回った時点から閉館の五時までに読み切れるのだろうかという不安がよぎる。
当然ながら巻頭のキャスト・スタッフ欄は、プロデューサー名以外はすべて白紙で、ズラリと並んだ役名の下には、設定された年齢が記されたのみ。しかも、極端にト書きが少なく、登場人物がやたらと多く、しかも話がオカルトの衒学にしばしば逸脱するという、かなり読み込まなければ場面のイメージが湧かない難物なので、数名の役名を書き取る以外、メモをとる時間も惜しんでしまったことが残念です。

以下、不完全ながらストーリーを紹介。


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『悪霊』
巻頭言 宇宙万象は「いっさい必然にして偶然なし」

パリの町をびっこを引いて歩く景山丹(26歳)に、年増のフランス女性が親しげに声をかける。フランス語もできず、女性に面識のない丹は戸惑うばかり。彼女は、丹と瓜二つの双子のプレイボーイの兄、仁(26歳)が在仏中に引っかけた女だった。
その頃仁は彼のアパルトマンで、フィアンセである新進画家の菜穂子(26歳)と、フランス人のガールフレンドたちに囲まれて、我が世の春を謳歌している。仁は人気絶頂の流行作曲家なのだが、その実、ネタがなくなればヨーロッパで古い楽譜を買いあさってメロディを盗み、足の悪い弟の丹にそれを編曲させては、新曲として発表している。

後日、アパルトマンで撮影された記念写真に怪異が見つかる。たしかにそこにいたはずの画家の河上の姿が消えて、空っぽの椅子だけが写っている。その頃、河上は、自室で首を吊っていた。仁に菜穂子を寝取られたことが原因だと、仲間たちは噂する。

そんな仁の帰国を、茂木家の人々は面白く思っていない。仁は以前、幼なじみの茂木千登世(22歳)と婚約していたのだが、作曲家として名が売れたとたんに、金持ちの娘、菜穂子に乗り換えてしまったからだ。丹が千登世に思いを寄せていたことを知っている仁は、弟に千登世をくれてやるとばかりに振る舞うが、丹は兄のお下がりを選ぶことを拒んで、千登世への思いを断ち切るのだった。

心霊写真コレクターでもある茂木(63歳)と、千登世の兄である正人(25歳)に引き込まれて、丹は霊の世界に興味を持ちはじめる。
いかがわしさもぬぐいきれない霊能者が「変貌現象」を見せる降霊会に参加したり、松井という霊能者から除霊のアドバイスを受けたり。
一方で仁は、東京のある工科大学で心霊現象の研究をしている乗松教授を迎えたワイドショー番組に文化人として出演し、科学的に霊の実在を証明しようとする教授の話を聞くのだが、彼自身はまったく興味を持てないでいる。自作を仁に盗作されたと訴える女学生を、丹になりすまして追い払ったりと、あいかわらず狡猾に立ち回って、名声を維持することに執心している。

やがて仁の帰国後初の演奏会のリハーサルが始まる。仁自らがオーケストラを率いて自作を振る演奏会に、ダンサーの西山マリの出演が決まる。高慢な仁と、財界のバックが推した西山マリの軋轢を抑えるために、マリの附人のトヨがまめに立ち回る。
ある日、楽屋に置かれた仁の鞄が、何者かに盗まれる。霊能者の松井が透視した犯人像は、トヨが目撃した人影とそっくり同じだった。

丹は松井から、兄には古い邪悪な背後霊が付いていて、いずれは非業の死を遂げるのだと聞き、それを信じる。家に付いた悪い霊を払うための除霊に励むのだが、先祖伝来の不気味な大黒像がペロリと舌を出したり、兄のベッドが血まみれになっていたりといった幻視をするようになる。その話を聞いた松井は、仁は痴情の果てに血まみれになって死ぬ運命にあるのだと断言する。丹は兄の不信心を心配し、曾祖父から三代続いて罪悪を重ねて非業の死を遂げた一族の男たちの業を背負っているのだと忠告をするのだが、まるで相手にされない。

リハーサルを重ねるうちに、丹とトヨが惹かれあうようになったのは、スターの引き立て役である日陰の身の境遇が一致したからかもしれない。丹は初めて、兄との競合を避けて恋人を得た喜びに浸っている。しかし、恋をして急に美しくなったトヨに仁が目を付ける。トヨが深夜の自室に、丹だと思って招き入れた男は仁だった。その後、執拗にトヨの体を求める仁を、彼女は拒みきれなかった。

そのうちにトヨの妊娠が発覚し、兄と彼女の関係を知った丹は激怒する。トヨが堕胎をしないと聞いた仁は、弟とトヨをくっつけて自分の不品行の後始末をさせようと考える。丹ははじめて兄への造反の思いを募らせ、事実を公表して兄と菜穂子の婚約を破談にしようとまで考える。
仁は丹とトヨを旅行に誘う。船で近海を周遊する彼らは、台風接近のための高波を知らせるサイレンを聞く。無人島に船を着けて散策をしているうちに、しだいにしけはじめた海を見て、仁は丹とトヨを残して船で引き返してしまう。
二人きりで孤島に残されたものの、丹はトヨを許せない。やがて二人を心配した仁が、船で引き返してくるのだが、誤って海に落ちてしまう。丹は仁に救いの手をさしのべず、見殺しにするのだった。

道すがら野犬に襲われるというアクシデントに見舞われながらも、丹とトヨは東京に戻ってきた。
兄の急死ののち、仁の実質的なブレインだったというふれこみで、丹はにわかに脚光を浴びる。間近に迫った仁の演奏会も、丹がすべてを仕切ることになる。丹の人気を知った菜穂子が、手のひらを返したように言い寄って身を任せたことも、丹を有頂天にさせる。いまや丹は、仁に憑依されたかのようだ。
一方で、仁の最期を予知し損なった松井は、じつは自分は霊能者として生きる厳しさに耐えきれず、俗界に降りていたのだと苦悩を告白する。

やがて演奏会の当日。丹は極度に昂揚したそぶりを見せて、周囲を困惑させる。トヨが差し出したデザートを、怖れるように跳ね飛ばしてしまう。
ステージで指揮棒を振る彼の姿は、しだいに異様なものとなり、ついには卒倒して絶命する。
野犬に噛まれた際に感染した狂犬病が、彼の命を蝕んでいたのだった。

その後。
臨月を迎え、幸福そうに椅子でまどろむトヨ。赤ん坊の衣服を編んでいた彼女の手から、赤い毛糸玉が転がり落ちていった。

[終]

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えっ、最初に画家が自殺するのには理由があるの? 兄弟にふられた千登世という女はどうなったの? 霊能者の松井ってなんのために登場したの? と、上の筋書きに目を通すだけでも疑問が山積するかと思うんですが、実際はさらに大混乱。

茂木家の人々が登場していきなり心霊談義をはじめたり、テレビで心霊学の教授が「ノクトビジョン」「ボディエレクトロン」「エクトプラズム」など「科学」的な心霊学のタームを解説したり、兄弟が先祖の悪行を想像する時代劇シーンが挿入されたり、UFOの実在に話題が及んでUFOの研究所に寄り道をしたり。
あふれんばかりの心霊・超常現象の知識を披露するために、無理矢理人物や出来事を動かして、それがストーリーの流れにつながっていないという、絵に描いたような破綻作です。「仁・丹」なんていうふざけた命名をされた主人公にも、続々登場して消費されていく女たちにも、ほとんど魅力が感じられません。

おそらく水木は、典型的な愛憎ドラマのなかに超常現象とその解説を網羅的に羅列し、かつ実在の心霊学者たちを(もしかしたら霊能者も)シネマ・ヴェルテ的に登場させる、「オカルティズムの教養映画」を目指すことにのみ注力していたのだと想像されます。
その網羅からあふれたもの(犬神の祟りみたいなもの)を、強引に結末にくっつけてしまうってのも、とんでもない。

このままでは映画化不可能な、まったく呪われたシナリオであり、しかもあきらかな失敗作なんですが、もしも当時、水木の意図が完全に近いかたちで実現できるような状況にあったら、『幻の湖』をはるかにしのぐ怪作が誕生していた可能性もあります。
現在、2010年の水木洋子生誕100年にあわせて、このシナリオの出版を検討中なのだそうです。


(2009/6/8記)


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