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仔犬ダンの物語 監督: 澤井信一郎 2002年 ★★★★ いやあ、びっくりした。 澤井信一郎は、マキノ雅弘が絶対的な信頼を寄せていた下積み10年超の名助監督で、1981年に「野菊の墓」(松田聖子)で遅咲きの監督デビュー。「かりそめの妻」(桜田淳子)、「Wの悲劇」(薬師丸ひろ子)、「早春物語」(原田知世)、「めぞん一刻」(石原真理子)、「恋人たちの時刻」(河合美智子)、「ラブ・ストーリーを君に」(後藤久美子)、「福沢諭吉」(南野陽子)、「わが愛の譜 滝廉太郎物語」(鷲尾いさ子)と、演技力のないアイドル(意外と芸達者だった桜田淳子を除く)の映画出演請負人のようになってしまったが、作品はどれもすばらしい(「ラブ・ストーリー……」、「福沢諭吉」、その後の「日本一短い「母」への手紙」、「時雨の記」と、このところずっと観ていなかったのだが)。 名人芸ともいうべき澤井映画の特色を挙げれば、演技のツボを心得た演出の細やかさ、躍動的な移動シーン、ここぞという場面でのクレーン撮影、そしていかにも映画らしい、リズミカルなカット割りなどなど、活劇の魅力そのものである。くだらない映像美にも(そしてときには出演者の演技力にも)頼ることなく、最小限の要素でサクサクと物語を語る澤井映画を観ていると、どんなに通俗なストーリーを語る場合でも、黄金期のハリウッド映画を実用的に咀嚼し尽くした映画人の心意気が感じられる。(海外ではなぜか理解されにくく、未だまったく評価されてない)「活動屋」的な日本映画の美質をふんだんに持った、いまや貴重な存在である。 なぜそんな名匠が、女の子映画ばかり撮らされているのかというと、デビュー作で松田聖子を任されて、それからも便利屋として扱われているという悲劇もあるのだろうが、「Wの悲劇」を撮った直後の監督自身の話では、「女の子」というものを理解するために何日も公園で覗き見をしていたというから、(フィルムの入っていないカメラを持って女の子をつけ回して、警察に捕まったロメールじいさんと同じような)個人的なフェティシズムがあるのかもしれない(そういえば「Wの悲劇」のメイキングビデオでは、女形のようにしなをつくって、薬師丸ひろ子にこと細かく演技をつけている姿が印象的だった)。 新作「仔犬ダンの物語」では、例えば冒頭近く、リストラ求職中らしい榎木孝明が、食卓に座った子供たちに、お父さんは富山で働くことになったのだと告げるシーンがあるのだが、富山って遠いんでしょ、と娘に言われてちょっと遠い目をした榎木のアップに、戸外からかすかに聞こえてくる列車の警笛がかぶさるところなんて、よくある工夫なのだが、最近そういう細かい芸を見てなかったなと、のっけから嬉しくなってしまう。 お話のほうは、仕事ばっかりして私のことを考えないおとうさんもおかあさんも嫌いだ、ということで、おじいちゃんの家で暮らすことになった榎木の娘(嗣永桃子)が、転校先の小学校で親友を見つけて成長するというもの。 家出同然でおじいちゃんの家で暮らす少女が、公衆電話から自宅に電話をかけて、気まずい関係になっている母親が電話口に出たとたんにテレホンカードの度数が切れてしまうシークエンスのサスペンスの作り方。貰われていった仔犬に会うために、一人で出かけてしまった級友を自転車で捜す少女の、見ていてワクワクしてしまう移動撮影。少女と母親が再会した、渓流沿いのカフェのような場所での、見事なクレーン撮影。それらがみんな、少女の心理にピッタリと寄り添っているのを見ていると、やっぱり本作も傑作なのだった。 はじめて見たモーニング娘。と、子役のハロー!プロジェクト・キッズとかいう子供らは、みな驚くほど演技が稚拙である。しかしそれは、役者が能力不足だとカットを細かく丁寧に切ってフォローしてくれるこの監督の腕の冴えがみられる部分でもあって、退屈をする瞬間がない。シロート同然の子供らを主役に使って、60分ちょいの上演時間内に、ここまで濃い映画が作れるもんなのである。 作品中にハリウッド名画トリビュートを見つけるのも、澤井映画の楽しみの一つ。 ところで、この映画の公式HPのキャスト・スタッフのページでは、あろうことか、監督の名前が抜け落ちている。不敬罪! (2002年12月28日 立川シネマシティ)
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