★★★★
生気に満ちたミュージカル活劇
米盤DVDで鑑賞。
ちなみにぼくが観たのは右のDVDで、"Remastered Edition" と表示されるので画質に期待したのだけれど、テレビ放送を録画したみたいな劣悪なものでした。
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1900年のニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジ。
芸術家の卵たちが集う下宿屋を営む未亡人のルル(イレーネ・リッチ)は、隣に住むやもめの消防隊長、マシュー・オニール(ビクター・マクラグレン)といい仲。彼女は台所からわざと煙を出して警報を鳴らし、消防隊を呼びつけるいたずらをして、オニールを困らせている。オニールには、パトリシア(ジェーン・フレイジー)という年頃の娘がいて、ルルを母親のように慕っている。
新入りの下宿人、親友同士の作曲家のジョニー(ウィリアム・マーシャル)と画家のスティーヴ(ジェームズ・エリソン)は、すぐに陽気なパトリシアに夢中になる。その夜、消防士たちを招いたパーティが開かれ、ルルは業界で幅をきかせている音楽プロデューサーにジョニーを紹介する。
カレンダーの挿絵コンテストがあることを聞きつけたスティーヴは、パトリシアをモデルに絵を描きはじめる。ジョニーは隣室に住む歌手のバイロン(ケニー・ベイカー)と意気投合して、「カレンダー・ガール」の歌の作曲に取り組む。
パトリシアと親密になったスティーヴは、彼女を消防士のジャンボリーにエスコートしようとするのだが、じつは彼にはオリヴィア(ゲイル・パトリック)というフィアンセがいた。デートの当日、不意に下宿を訪ねてきたオリヴィアとパトリシアが鉢合わせをしてしまい、エスコート役をジョニーに譲る。ジャンボリーの会場でオリヴィアとの関係をパトリシアに聞かれたスティーヴは、彼女は自分のいとこで、ジョニーの彼女だと嘘をつく。
それまではジョニーの実直な人柄に惹かれていたパトリシアが失望した折も折、スティーヴが描いたカレンダーの挿絵が一等を獲得し、1901年のカレンダーに印刷されることになった。スティーヴは受賞記念にパトリシアをデートに誘い、楽しい時を過ごす。親密なふたりを見て悶々と悩むジョニーは、帰宅したスティーヴと決別する。思い切ってパトリシアに愛を告白するジョニーだが、彼に恋人がいると誤解したままのパトリシアは求愛を拒む。
スティーヴが挿絵を描いたカレンダーが店頭に並ぶ。そこにはなんと、パトリシアが大胆に太ももを露出したエロチックな絵が掲載されている。裸の脚は、完成後にスティーヴが描き加えたものだった。
娘にふしだらな行為をさせたと、オニールは激怒する。パトリシアはスティーヴと結婚するのだといって、父をなだめる。気を取り直したオニールがスティーヴの部屋を訪ねると、彼はオリヴィアと抱き合っている。スティーヴは自分の嘘を告白せざるをえない。
棍棒を振りかざしたオニールとスティーヴがあわや乱闘に、というそのとき、消防隊が出動する。気をきかせたルルが、またもや火事を装って警報を鳴らしたのだ。
そのとき、いつぞやの音楽プロデューサーが下宿を訪れ、カレンダー・ガールのパトリシアをヒロインにしたミュージカルの興行を提案する。彼がプランを語った折も折、下宿の音楽家たちがジョニーの新曲「カレンダー・ガール」の合奏をはじめた。魅力的な楽曲にプロデューサーも納得。パトリシアはジョニーと結ばれたのだった。
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エンジニアとして黎明期の映画製作に関わっているうちに監督を手がけるようになったアラン・ドワンは、かねてから私淑していたグリフィスのもとで働き、やがてサイレント期のアメリカ映画を代表する巨匠になる。その後も1961年の遺作に至るまで、長短合わせてなんと1850本(本人弁)の作品を監督したのだそうで、マキノ雅弘もぶっ飛ぶほどの職人監督なんですね。
本作はドワンが戦後の一時期に在籍したリパブリック・プロダクションで、マイナーな俳優ばかり使って撮ったミュージカル。
1900年のニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジを舞台に、芸術家アパートの下宿人たちと、隣家の消防隊長の娘の恋の駆け引き。さて、あの娘のハートを射止めるのは、彼女をモデルにした画家が描いたカレンダーの挿絵か、それとも作曲家が彼女のために作ったミュージカル・ソング「カレンダー・ガール」か? という、他愛のないストーリーです。
第二次大戦後の映画とはいえ、作品のムードは30年代の黄金期を思わせる。
40年代のハリウッド映画に忍びこんでいたフィルムノワールの疑惑の影も、戦時中に社会進出した女たちにおびえる男たちの焦燥も、抑圧された性の屈折も感じさせず、あけっぴろげな男女の恋の鞘当てが、まだヘイズ・コードによる規制をゲームのように翻弄していた時代のおおらかさを漂わせているのは、アラン・ドワンという古株の監督が、サイレント期の映画倫理を維持していたからなのでしょうか。
ただし、セクシャルな暗示は、同じような三角関係を扱ったエルンスト・ルビッチの『生活の設計』(1933)のような作品よりもはるかに後退して、戦後の混乱期だからこそ、古き良き時代の公序良俗を希求するのだという、ノスタルジーが感じられます。
といってもぼく自身、アラン・ドワンの古い作品なんて、ダグラス・フェアバンクス主演の「鉄仮面」(1929)を観たきりだし、そもそもこの時代のミュージカルなんて、ほとんど観たことがない。こんなマイナー会社のマイナー作品、面白いんだろうかと不安に思いながらディスクを再生したんですが、冒頭からアパートを上から下まで駆け回って歌い踊る(カメラは階上から階下までを一気にクレーン撮影する)ヒロインの姿に、度肝を抜かれてしまいました。
この軽やかさ、底抜けの楽天性は、MGMやブロードウェイのミュージカルなんかより、『会議は踊る』(1931)のようなオペレッタ映画のイメージに近いと思うのだし、そこに、活劇映画で鳴らしたアラン・ドワンのアクション演出が加味される、という幸福。
朝からご機嫌で踊り狂ったヒロインがドアから飛び出すと、新しい下宿人の画家のキャンバスのなかに頭から突っ込んで、それがボーイ・ミーツ・ガール。
下宿屋のおかみは、ボーイフレンドの消防隊長を、火災警報機を鳴らして呼びつけるという荒々しさ。
おてんばヒロインは自宅のあるアパートと隣の芸術家アパートの屋上に板きれを渡して、それを伝って神出鬼没に登場する。
陽気な消防隊員たちと娘たちとのダンス。ライバル消防隊との意地を賭けた綱引き大会。
音楽家が作曲をはじめると、芸術家アパートに住む音楽家たちが、窓辺でそれぞれ自分の楽器を奏でて、オーケストラ演奏がはじまってしまう。
ロマンスはすぐさま、新しい騒動で中断され、騒動はにぎやかな歌と踊りで鎮められる、絶え間ない愉しさに充ちた作品なのでした。
こういう、観たことのないタイプのすばらしい作品に出会うと、ほとんど観る機会のない30年代ハリウッド黄金期や一部の40年代は、無尽蔵な宝の山なんじゃないかと思えてしまって、気が遠くなりそうです。
(DVD鑑賞 2009/6/13記)