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| 悪魔のいけにえ2 監督: トビー・フーパー 1986年 製作: Menahem Golan, Yoram Globus ★★★★ あの名作、「悪魔のいけにえ」(1974)の続編として比較されざるをえないことが本作の不幸で、単独の作品としてみれば、じつにみごとな快作。 ここで唐突に、普段なんとなく思っていることを言葉にしてしまうと、ぼくはハリウッド製エンターテインメントの最も重要な要素は、経験論 vs
観念論のバトル・ショーだと思っている。 ヴォルテールが小説「カンディード」で高らかに謳歌した経験論の勝利は、レナード・バーンスタインのミュージカル「キャンディード」(1957)によって大衆的にショーアップされることになるのだし、おなじく経験論が観念論を屈服させる物語であるバーナード・ショーの戯曲「ピグマリオン」は、「マイ・フェア・レディ」(1964)として翻案されて好評を博すことになる。 なぜこんな話になってしまったかというと、本作は、正義として描かれるべき捜査官(デニス・ホッパー)が狂信的な観念論者として、悪として描かれるべき狂人一家が、地道に食肉業を経営する実務的な経験論者として描かれている逆転コメディになっているからで、描写自体は陰惨の極みであるにもかかわらず、ちぐはぐな善と悪の一挙一動に、爆笑を誘われてしまう。 しかし逆転は所詮逆転であって、エンタテインメントとしては悪として描かれた善であるデニス・ホッパーが勝っても、善として描かれた悪である狂人一家が勝ってもまとまりがつかず、しかも狂人一家もまた、わけのわからない狂信や拝金主義に毒されているのだから、善として描かれた悪だけれど結局は悪であるという複雑な存在なわけで、観る側はしだいに、いったいどちらに肩入れをすればいいのか、途方に暮れてしまう。 そのうえこのヒロインときたら、一部メタル頭のチョップトッパーを倒し、物語中の「超越者」の地位を獲得するのだけれど、そのとたんに前作では終始「超越者」であったレザー・フェイスのチェーンソー・ダンスを踊ってしまうのだから、じつは続編としても、奇跡的な成功を収めている。
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