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悪魔のえじき (発情アニマル)

監督: メイル・ザルチ

1978年


★★★☆ソランジェ in キル・ビル

[ネタバレ反転]
しかたなくホラーに分類しましたが、ホラー映画ではありません。
四人組の若者にレイプされた女流作家(カミール・キートン)が、その一人一人に、思いきり残酷な復讐する(つまり「キル・ビル」と同じような)話。
レイプ場面の描写がきわめて強烈で、あっという間に全裸にされたうえに、もう終わりかと思ったらまた襲われて這いずり回り、やっと終わったと思ったらまた襲われてボコボコにされ、最後には殺されそうにもなる。しかも物書きである彼女の書きかけの小説の原稿を、レイプ犯たちは暴行のさなかにさんざん愚弄するのだから、女は心身共に極限の侮辱を味わうことになる。

後半は女の復讐劇で、こちらもまた強烈。
すぐに撃ち殺せば、それで済むところを、いったんセックスのエサで釣っておきながら、首にロープを引っかけて木にぶら下げたり、浴槽のなかであそこを切断して出血死するまでまで放置したり、背中に斧を打ち込んだり、ボートのスクリューに巻きこんだり、といった具合。エロと暴力に向けられた期待だけは裏切らない、エクスプロイテーション・フィルム以外のなにものでもない。

映画の作りはかなり乱雑で、非常にダラダラした編集は、あと二、三十分ほども詰めたら、もう少しマシになると思われるほど。
女の復讐にしても、綿密に計画されたものであるはずなのに、偶然の助けを借りながら(しかもエロと暴力の方向へ迂回しながら)、その場のなりゆきで成し遂げているようにしか見えないのがいかにもキワモノ感覚で、しかも本作は、(DVD収録の解説によると)1977年に起こった実際の事件を基にして(どこまでが「実際」なのか、わからないのだが)、早くもその翌年に公開されているのだから、本来的な意味でのキワモノである。

カミール・キートンという女優は、男たちからなぶりものにされる悲惨な様子はリアルそのものだし、女性雑誌向けの駆け出しの小説家という設定に見合ったインテリジェンスをきちんと漂わせているのだが、そのほかの場面では芝居を見せるふうでもなく、いったいいつ復讐を決意したのかさえも、わからないくらいに淡々としている。
芝居、というよりも、もともと役柄に合った雰囲気のある女優を、実際に苛め抜いた結果として引き出した、迫真の演技、なのではないか。

四人のレイプ犯にしても、アドリブ的な演技やセリフが、実際に彼らがそういう人間なのではないかと思わせるほどナチュラルにそれぞれの言動が際だっているのが不気味なのだが、たとえそれが「演技」の成果なのだとしても、なにか異様な昂揚感のなかにあるのが見て取れる。
あとは、ガス・スタンドで車を降りたヒロインが、長い間運転をしていると歩くのが気持ちいいのだといって、車の前を歩き回ったり、暇をもてあました四人の男たちが釣りをしながら、くだらない話をダベりあったり、復讐の相手を前にしたヒロインが、男が待っている浴槽に入る前に、丁寧に長い髪をピンで留めてアップにしたり、そういった些細な場面がなぜかなまなましく、記憶に残ってしまう。

細かい映像的な技巧などには目もくれず、編集もきわめて投げやりで、オールロケのうえに音楽さえ使っていない、一見ずさんな作品のなかに、そういったナマの素材が無造作に転がっていて、しかもここぞというエロと暴力の見せ場に至ると、いきなりすべてが色めきたってしまうあたりが、鮮烈きわまりない。
エクスプロイテーション・フィルムの生産ラインに乱雑に投げ込まれた素材(題材、趣向、脚本、監督、役者、ロケ地)の組合せがもたらした偶然なのか、「作ろうとして」考えながら作った部分ではなくて、映画製作に関わるさまざまな働きの組合せによって「できてしまった」かのように思える部分が圧倒的にすばらしくて、それがいわゆる「傑作」と区別がつかないのが、映画というものの本質の一つなのだと思う。

主演女優のカミール・キートンについて。
バスター・キートンの姪にあたる人だそうで、独特の雰囲気がある美女。
他にどんな作品に出ているのかと、jmdbで調べてみたら、なんとあの強烈な印象を残した「ソランジェ」で、ソランジェその人を演じた女優ではないですか! まさかこんなところで再会するとは。

公開時タイトルは「発情アニマル」で、英題も "Day of the Woman" と " I Spit on Your Grave" の二つがある。


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