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アッシャー家の惨劇

監督: ロジャー・コーマン

1960年


★★★他では得られぬ味わい

封入のブックレットに掲載されたSF・ホラー評論家・石田一による、じつにツボを心得た解説を読むと、本作の製作費は27万ドル。AIPが通常製作していたエクスプロイテーション・フィルムの倍の予算がかけられた豪華版だという。当時の1ドル360円の固定為替レートで計算すると9720万円なのだから、(正確なことは知らないが)日本映画だったら超大作*だ。
それでもハリウッド映画としては低予算の本作を作るにあたって、たまたま近所で起こった山火事を撮影して、館を取り巻く不毛の荒野に使ったり、解体直前の小屋を炎上シーンに使ったり、という「美談」が、自伝に登場するのだそうだ(そう知ってから観ると、明らかに別撮りされていることがわかって、ほほえましい)。

製作費の大部分は、アッシャー邸の製作費と、ヴィンセント・プライスへのギャラに注ぎ込まれているようなのだが、これがじつにすばらしい。

あらゆる努力を注ぎ込んだのだと思われる、邸内のゴージャスな内装や調度品は、いかにもアメリカ在住の田舎貴族が贅を尽くしたという感じで、伝統や教養とは無縁の印象。
神経過敏の病を病んでいるという設定の、血の気の失せた顔面をこわばらせたプライスが、無調音楽ふうの自作曲をリュートでかき鳴らす堂々たるいかがわしさは、金ピカ趣味の調度品にしっくりと溶けこんで、まさに至芸である。
壁に飾られている、血塗られた先祖の肖像画は、あきらかにコケオドシの不気味さをたたえているのだが、その荒々しい筆致がのちのニュー・ペインティング運動の絵画を思い起こさるという符合もあって、奇妙に新鮮に見えてしまう。

ストーリー上の主人公である青年、マーク・ダモンの退屈な演技や、薄倖のヒロイン役のマーマ・ファーイという女優の絵葉書的な美しさなど、どこを切ってもポー原作の文芸作品といったイメージからはほど遠い。
その他使用人を含めた、たった四人の登場人物たちが、みしみしと崩壊していくゴージャスなアッシャー邸のなかで右往左往する姿には、他ではけっしてお目にかかれないようなもの悲しさに満ちている。

兄に殺されかけて気がふれたヒロインが、パワフルな怪物と化してしまうクライマックスは、意外と怖い。
兄妹の惨劇を呑みこんだアッシャー邸は、「崩壊」するというより、ただ模型が沼に沈んでいくといったふうなのだから、「アッシャー家の惨劇」という邦題は、とても正直だといえる。

*「任侠映画列伝」(講談社刊)には、俊藤浩滋が、オーストラリア・ロケの任侠ウエスタン「荒野の渡世人」(1968)の企画を持ち込んだ際、予算が「七千万か七千五百万」だと聞いて、大川博東映社長が「チミ、冗談じゃない」と驚いたエピソードが載っている。「当時、通常の製作費は一本三千万円から四千万円だった」。


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