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邂逅(めぐりあい)
Love Affair

監督: レオ・マッケリー Leo McCarey 

1939年

製作: Leo McCarey
原案: Leo McCarey, Mildred Cram
脚本: Delmer Daves, Donald Ogden Stewart
撮影: Rudolph Maté
音楽: Roy Webb
出演: Charles Boyer, Irene Dunne, Maria Ouspenskaya, Lee Bowman, Astrid Allwyn, Maurice Moscovitch


★★★★自由奔放な演出の魅力

のちに何度もリメイクやアイデア流用がなされた、女性映画の古典。
ラブロマンスといえばいいものを、わざわざ「女性映画」と呼んだのは、ジャンルとしての「女性映画」についてもふれておきたかったからです。
ここでいう「女性映画」は、たんに女性の生き方を描いた映画とか、女性主観の恋愛劇とかいう意味ではなくて、1930〜40年代にさかんに作られ、主に主婦層の観客を当て込んだ、「西部劇」や「ホラー」のようなジャンルを意味する狭義の用語です。50年代の末にテレビのソープオペラに需要を奪われてマッケリーによる本作のリメイク『めぐり逢い』(1957)や、ダグラス・サークの晩年のメロドラマ(『悲しみは空の彼方に』(1959)など)を最後に消滅したとされています。


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ニューヨークに向かう豪華客船の船上で出会ったプレイボーイの大富豪とクラブの歌手が恋に堕ちる。しかし、彼らには、それぞれフィアンセがいた。ふたりはそれぞれが抱える男女関係を清算して、六ヶ月後にエンパイアステートビルの最上階で落ち合い、結婚する約束をする。しかし、待ち合わせの場所に向かう途中で、女が交通事故に遭い、ふたりの運命は擦れ違いはじめて……、という物語。

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マッケリーのような、いわゆる作家性を意識しない作風で、しかも、その後のハリウッド映画の雛型のようになったジャンル映画を観ると、どこがいいというようなことが指摘しにくいんですが、とても活き活きとして面白い作品です。
あまりにも定石通り(と、今日の目では思われる)船上の出逢いの念入りな描写だとか、待ち合わせのエンパイアステートビルの下で、女が交通事故に遭ってしまうご都合主義だとかを見ながら、このまま予定調和のハッピーエンドに終わってしまうのではないかという心配を、洒落た結末でみごとに裏切ってくれます。

まず印象的なのが、ヒロイン(アイリーン・ ダン)とプレイボーイ(シャルル・ボワイエ)の自由奔放なキャラクターです。
(これは30年代のハリウッド映画の特徴でもあるのだが)彼らには(大衆の手本となるような)モラルの桎梏が感じられない。「ピンク・シャンパンに馴染んだ生活」を続けたいという、優雅さへの希求があるだけです。
交通事故に遭って足が不自由になり、ふたりが結婚の約束を果たすことになっていたエンパイア・ステートビルの展望室に行なかったヒロインは、事故のことを男に隠して、歩けるようになるまでは連絡を取らないという驚くべき選択をするのだけれど、この不可解な決意を、「ピンク・シャンパン精神」とでもいうべきものが、綱渡りのように支えています。
プレイボーイのシャルル・ボワイエは、金持ちの有名人という圧倒的に優位な立場にありながら、(一時的に立場の優劣を逆転させて)ヒロインの行動に合わせて自分を成長させようと努力し続けるのです。

また、同監督によるリメイク作の『めぐり逢い』(1957)と比べてみれば、一見スムーズに流れている本作のストーリーが、じつはかなり唐突な飛躍を含んでいることがわかります。
それまで働いたことのなかったボワイエは、ほとんどいきなり画家を目指して成功してしまうし、アイリーン・ ダンのフィアンセは、婚約を破棄されてもまったく動じていないし、入院中のヒロインは、ほとんど数奇ともいえるきっかけで、孤児院の音楽教師になってしまうし……。

マッケリーという監督は、(ハリウッドの監督としてはほとんど例外的に)脚本を軽視して、現場で即興演出をするので有名だったのだそうで、自由奔放で天才肌の演出ぶりがなんとなく想像できます。ことに、リヴィエラの丘の上にあるボワイエの祖母の家で、老女の危なっかしいピアノ演奏に合わせてヒロインが歌を歌いはじめる場面は、ドキュメンタリーではないかと思うほどハラハラする、神懸かりのすばらしさ。
ついでに言えば、エンパイアステートビルの展望室の窓の外に光る雷光や、リヴィエラの家の礼拝堂の神秘的なムードは表現主義的で、これは撮影監督ルドルフ・マテの功績なんでしょう。

いくらでも通俗的な方法が考えられるだろうハッピーエンドでは、洗練の極ともいえる会話の末に、想像を超えた男女の和解が訪れ、観客を夢心地にさせてしまう。
もはや大時代なメロドラマ的要素に酔えなくなってしまった、当時の「女性」ではないわれわれが観ても、「ピンク・シャンパン精神」の綱渡りをやりきった爽快感に圧倒されます。


(DVD鑑賞 2009/6/9記)


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