[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」

モニターの中の映画館

ヨーロッパ映画>その他のヨーロッパ映画>ヴァンピロス・レスボス

ヴァンピロス・レスボス
Las Vampiras / Vampyros Lesbos / Die Erbin Des Dracula

監督: ジェス・フランコ Jesus Franco

1970年

原案・脚本: Jesus Franco
音楽: Manfred Hubler, Siegfried Schwab, Jesus Franco
撮影: Manuel Merino
出演: Susann Korda (Soledad Miranda), Ewa Stromberg, Dennis Price, Paul Muller, Jesus Franco


★★★別の価値観を迫られてしまう

ドイツ、スペイン合作。ドイツ語版。
いやあ、つまんなくって、タルくって、何度か睡魔に襲われそうになりました。普通の映画として観たら、という話ですが。

弁護士事務所かなにかで働いているらしいブロンド美女(エヴァ・ストロンベルグ)が、どういうわけだか吸血鬼に魅入られてしまって、ふしぎな経験をする、という話。その吸血鬼というのは、ルーマニアでドラキュラ伯爵から吸血鬼の仲間にされ、莫大な遺産を引き継いだ女(ソリダット・ミランダ)で、彼女こそは吸血鬼の最後の末裔であるヴァンピロス・レスボス(レズビアン吸血鬼)なのだった。

ちょっぴりエキゾチックなムードの漂うトルコのイスタンブールを舞台に、ブロンド美女の彼氏だとか、吸血鬼研究家の精神科医だとか、同じく吸血鬼に魅入られたらしい精神病患者の女だとか、意味不明な残虐行為に走る、きたならしいその夫(ジェス・フランコ自身が演じている)だとか、吸血女の従者らしき男だとかが、別にいてもいなくてもかまわない程度にからみながら、おかしな幻覚シーンやら、ヌード・ショーの舞台やら、女同士のからみやらが、辻褄を合わせるつもりもない様子でタラタラと挿入されて、物語ともいえないような物語が語られていく。

ストーリーに整合性を与えるとか、人物の言動の必然性を考えるとか、そういうことにはもともと無頓着なのだけれど、若い女の吸血鬼で、しかもレズビアンなんだぜ、どうだソソられるだろう、って感じで、その彼女と相手の女がどんどん脱いじゃうわけで、そりゃたしかにソソられますね。すみません。
おまけにヒロインのソリダット・ミランダは、ちょっと梶芽衣子の入った美人で、当時のファッションに身を包んで突如出現する姿が、のけぞるほどキマってるし、ロケ地の風景や室内のインテリアなんかも、やたらとゴージャスでクールだし、ほんとに本作のために書き下ろされたのかと疑ってしまうほどファンキーでアグレッシヴなサウンドトラックの、怪しげなシタールの響きだとか、フィル・スペクターばりの深いエコーがかかったホーンセクションなんか、とてもヤバい感じだし (DVDの特典トラックには、アルバムがまるごと収録されているという気前の良さ)。

それではたんなるプロモーション・ビデオ感覚の先駈けに過ぎないのか、というと、そうとも言い切れない吸血鬼伝説への執着だとか、女体や死に対するフェティッシュな欲望だとかがそこはかとなく漂っていて、そういういいかげんで曖昧な姿勢を、商業監督としてのそれなりの確信を帯びた姿勢で映像にされてしまうと、返す言葉がない、としか言いようがない。

よくは知らなくて言っているのだが、たとえば当時流行した映画の前衛的な表現、なんかを見て、この監督は、これは使えるぞ(金も手間もかからないし、適当に撮っておけば、編集でごまかせるし)、と膝を打って、それをなんの疑いもなく自作に取り入れたりしちゃうんだろうな。
たとえば映画のなかで、繰り返し挿入される凧とか、サソリとか、蝶とかの映像も、必要欠くべからざるシンボルというわけでも、優れた感覚描写、というわけでもなく、たまたまロケ先でシンボリックな絵が撮れてしまったから使いました、でもなかなかイケてるでしょ、といったふうである。

とくにサソリのショットなんて、ロケ先の道端でサソリが這っているのをキャメラマンが見つけて、
「監督、サソリですよ、危ないですよ」
「おっ、あれ使えるぞ、撮っとけ」
ってことで、とりあえず撮ってみたわけで、ところがこのキャメラマンときたら、やたらとズームを使いたがるけれど、それでピントが合ったことがないという無能な奴で、このときもサソリを相手に、ズーミングの練習をしてみたら、どうやら成功してしまったようで、
「監督、いい絵が撮れたみたいですよ」
「ふむふむ、使えるぞ」
とか言ってるうちに、ふと思いついて、
「おい、あのサソリ、水に入れたらどうなるのかな。助監督、やってみろ」
「おおっ、サソリがプールの底、歩いてますよ、監督」
「いいぞ、いいぞ、撮れ、撮るんだ」
「あっ、浮いちゃった。死んじゃいましたよ」
「凄いぞ、このカットを吸血鬼滅亡のシンボルに使うんだ。ふっふっふ」(以上すべて筆者妄想)
というなりゆきで使ったのだ、という気がしてならないのだけれど。

しかしほんとうに、(サソリ以外は)ズームを使えば十中八九ピンぼけしてそのまんまというこの撮影は、いったいどうなってるのか、などと目くじらを立てる気にもなれない脱力と陶酔に身を任せるしかない「最高傑作」(らしい)なのだった。


< 目次に戻る

Google