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サラゴサ手稿
Rękopis znaleziony w Saragossie / The Saragossa Manuscript

監督: ヴォイチェフ・イェジー・ハス Wojciech Jerzy Has

1965年

原作: Jan Potocki
脚本: Tadeusz Kwiatkowski
撮影: Mieczysław Jahoda
音楽: Krzysztof Penderecki
出演: Zbigniew Cybulski, Iga Cembrzyńska, Joanna Jędryka, Elżbieta Czyżewska, Gustaw Holoubek, Stanislaw Igar


★★★★怪奇映画の古典的逸品

本作のファンであるスコセッシらが配給権を買い取ってソフト化したDVD。リージョン1。
廃盤になって以来、かなりのプレミアがついていた状態でしたが、なぜか米amazonのマーケット・プレイスで安価に未開封盤が大量出品されて値崩れし、一時は$4.53まで下がりました。 今が入手のチャンスかも。いや、廉価版が出たりして。

「サラゴサ手稿」(1804初出)といえば、恐怖小説の祖「オトラント城奇譚」(1764)と並んで有名な、幻想小説の祖とされる小説なんですが、実際に読んでみると「オトラント城奇譚」が通俗ぶりにがっかりさせられる代物であるのに対して、「サラゴサ手稿」のほうはいまなお、現代の文学と張りあえる鮮度が感じられます。

もっとも、「オトラント城奇譚」には平井呈一渾身の擬古文訳があり、「サラゴサ手稿」にはシュルツ、ゴンブロヴィッチの翻訳で有名な工藤幸雄の名訳があって、どちらも日本語の読み物として充実しているのだけれど、国書刊行会の「世界幻想文学大系19」に収録された「サラゴサ手稿」は、六十六日間におよぶ物語のなかから十四日目までを収録した抄本で、工藤幸雄は生前に完訳を果たしているらしいのだが、東京創元社が上梓をアナウンスしたているもかかわらず、なぜか実現していません。

そういうわけでぼくも「サラゴサ手稿」は十四日目までしか読んでないんですが、そこまでの本文や解説文から、この物語の特異な構造はあらかた想像もできます。
主人公はアルフォンス・フォン・ヴォルデンという武人で、彼は縛り首になった山賊、ゾト兄弟の幽霊が出没するシエラ・ネバダ山脈を越えようとする。剛胆にも、幽霊の出る宿屋に泊まったところ、深夜に彼の従妹だというふたりの美女が訪れ、甘美な一夜を過ごすのだけれど、目を醒ますとゾト兄弟の絞首台の下で、死体に挟まれていたのだった……。

物語はここから、現代人の想像を超えた大富豪であり、旅行家、考古学者、歴史家、民俗学者として名を馳せ、八カ国語に堪能だったという作者ヤン・ポトツキの衒学に彩られながら、語り手が語る物語中の人物が物語を語り、さらにその物語中人物が語りはじめるという、入れ子形式で錯綜しはじめるのだけれど、いつの間にか主人公が、またもや絞首台の下で死体に挟まれて目を醒ましてしまうという繰り返しのなかで、合理的な仮説が浮かんだり、それが否定されたり、現実と幻想の狭間を延々とさまようことになります。

さて、映画のほうはというと、怪奇現象よりも登場人物の奇行ぶりを強調した、ルイス・ブニュエルの喜劇作品を連想させる、乾いたコミカルな演出です(DVDのジャケットには、本作の復興に一役買ったマーティン・スコセッシ、フランシス・フォード・コッポラの名前と共に、ブニュエルの賛辞も掲げられています)。
期待していた怪奇映画らしいギミックはほとんど皆無だけれど、独特の時代・風俗のなかで笑いと恐怖、グロテスクとエロチシズムが一続きになった古怪なムードは、原作者と同郷の監督にしか出せないだろう味わいを持っています。

浩瀚な原作がさほど改変されずに三時間ほどの上映時間内(第一部 98分、第二部 78分)に収められているのは驚きで、ことに「デカメロン」のような古風な艶笑譚の第二部は入れ子物語に次ぐ入れ子物語のアクロバティックな構成を取っているのだけれど、異郷や豪奢な生活や大仕掛けな家屋が登場するエピソードは省かれて、スペインのシエラ・ネバダ周辺の、ダリやタンギーの絵のように荒涼とした風景やマドリードの街角に舞台がほぼ限定されているので、まとまりのいい小品めいた印象も受けます。
こういう、シュールレアリズムの王道を行くような、乾いたアプローチっていうのは、監督の資質なのか、この時代の特徴なのか、ぼくには判断がつかないけれど。

原作を貫く新プラトン主義的なオカルティズム思想が、カバラ修行者の家や衣装の意匠として処理されているだけだったこともいささか残念だとはいえ、文字からは想像もつかない(19世紀のポーランド人の目を通して見た)18世紀のスペインをまのあたりにできるだけでも得難い経験なのだし、木訥なようでいて、洒脱なテンポ感のある洗練された演出を追っていくだけでも楽しい作品でした。

もう一つ、本作の魅力を支えているのは、クシシュトフ・ペンデレツキによる新古典主義ふうの快活なスコアで、クラシックの名曲の旋律を織り込んだテーマ曲はさすがの一言、ポーランド国立放送交響楽団による演奏もすばらしい。
ペンデレツキというと、『2001年宇宙の旅』や『エクソシスト』で使われたトーン・クラスターの異様な響きで名高いのだけれど、この映画が作られた頃には新ロマン主義への転向を表明して音楽界を騒がせたのだし、来日時に交響曲第2番「クリスマス」を指揮するペンデレツキの好々爺然とした風貌を見て、これがあの怖ろしい「ルカ受難曲」を書いた人なのかとぼくも驚いたものです。

「サラゴサ手稿」を翻訳した工藤幸雄氏は解説の末尾に、この映画はポーランドでもめったに上映されず見逃したままだと書かれています。
1998年10月、世田谷パブリックシアターで、テアトル・ド・コンプリシテによる「ストリート・オブ・クロコダイル」の公演を観たときのこと。終演後のトークショーの最中に一人の老人が客席から立ち上がり、拍手をしながら舞台に近寄ってくるというアクシデントがあり、舞台にいた演出家や役者や司会者が当惑の表情を浮かべたのだけれど、その老人が、感動のあまりつい出てきてしまったが、私はブルーノ・シュルツ全集を訳した工藤幸雄ですと自己紹介すると、舞台上も客席も拍手と感動に包まれたことがありました。
工藤氏も生前にこのDVDで、映画をご覧になれていたら嬉しいな、と思います。


(DVD鑑賞 2009/6/27記)


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