|
|
|
| ヨーロッパ映画 |
|
|
|
|
| サラゴサ手稿 監督: ヴォイチェフ・イェジー・ハス Wojciech Jerzy Has 1965年 原作: Jan Potocki ★★★★ 本作のファンであるスコセッシらが配給権を買い取ってソフト化したDVD。リージョン1。 「サラゴサ手稿」(1804初出)といえば、恐怖小説の祖「オトラント城奇譚」(1764)と並んで有名な、幻想小説の祖とされる小説なんですが、実際に読んでみると「オトラント城奇譚」が通俗ぶりにがっかりさせられる代物であるのに対して、「サラゴサ手稿」のほうはいまなお、現代の文学と張りあえる鮮度が感じられます。 もっとも、「オトラント城奇譚」には平井呈一渾身の擬古文訳があり、「サラゴサ手稿」にはシュルツ、ゴンブロヴィッチの翻訳で有名な工藤幸雄の名訳があって、どちらも日本語の読み物として充実しているのだけれど、国書刊行会の「世界幻想文学大系19」に収録された「サラゴサ手稿」は、六十六日間におよぶ物語のなかから十四日目までを収録した抄本で、工藤幸雄は生前に完訳を果たしているらしいのだが、東京創元社が上梓をアナウンスしたているもかかわらず、なぜか実現していません。 そういうわけでぼくも「サラゴサ手稿」は十四日目までしか読んでないんですが、そこまでの本文や解説文から、この物語の特異な構造はあらかた想像もできます。 物語はここから、現代人の想像を超えた大富豪であり、旅行家、考古学者、歴史家、民俗学者として名を馳せ、八カ国語に堪能だったという作者ヤン・ポトツキの衒学に彩られながら、語り手が語る物語中の人物が物語を語り、さらにその物語中人物が語りはじめるという、入れ子形式で錯綜しはじめるのだけれど、いつの間にか主人公が、またもや絞首台の下で死体に挟まれて目を醒ましてしまうという繰り返しのなかで、合理的な仮説が浮かんだり、それが否定されたり、現実と幻想の狭間を延々とさまようことになります。 さて、映画のほうはというと、怪奇現象よりも登場人物の奇行ぶりを強調した、ルイス・ブニュエルの喜劇作品を連想させる、乾いたコミカルな演出です(DVDのジャケットには、本作の復興に一役買ったマーティン・スコセッシ、フランシス・フォード・コッポラの名前と共に、ブニュエルの賛辞も掲げられています)。 浩瀚な原作がさほど改変されずに三時間ほどの上映時間内(第一部 98分、第二部 78分)に収められているのは驚きで、ことに「デカメロン」のような古風な艶笑譚の第二部は入れ子物語に次ぐ入れ子物語のアクロバティックな構成を取っているのだけれど、異郷や豪奢な生活や大仕掛けな家屋が登場するエピソードは省かれて、スペインのシエラ・ネバダ周辺の、ダリやタンギーの絵のように荒涼とした風景やマドリードの街角に舞台がほぼ限定されているので、まとまりのいい小品めいた印象も受けます。 原作を貫く新プラトン主義的なオカルティズム思想が、カバラ修行者の家や衣装の意匠として処理されているだけだったこともいささか残念だとはいえ、文字からは想像もつかない(19世紀のポーランド人の目を通して見た)18世紀のスペインをまのあたりにできるだけでも得難い経験なのだし、木訥なようでいて、洒脱なテンポ感のある洗練された演出を追っていくだけでも楽しい作品でした。 もう一つ、本作の魅力を支えているのは、クシシュトフ・ペンデレツキによる新古典主義ふうの快活なスコアで、クラシックの名曲の旋律を織り込んだテーマ曲はさすがの一言、ポーランド国立放送交響楽団による演奏もすばらしい。 「サラゴサ手稿」を翻訳した工藤幸雄氏は解説の末尾に、この映画はポーランドでもめったに上映されず見逃したままだと書かれています。
|