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イジー・トルンカの世界 l 「手」その他の短編

監督: イジー・トルンカ Svet Jiriho Trnky

1954-1965年



★★★☆見れば見るほど

パペット・アニメの短編、「善良な兵士シュヴェイク1/コニャックの巻」、「善良な兵士シュヴェイク2/列車騒動の巻」、「善良な兵士シュヴェイク3/堂々めぐりの巻」と遺作の「手」を収録。

「兵士シュヴェイク」は、かつては岩波文庫の定番だったチェコの国民文学だけれど、最近ではすっかり書店で見かけなくなった。原作本のページから、挿絵の登場人物にそっくりの人形がトコトコと歩き出してくるオープニングが楽しい。
ユーモアと風刺にあふれた物語とはいえ、ユーモアというもの自体、最近は忘れ去られたかのような感覚だし、旧全体主義国家の風刺というものも、わかるようでわからないところがあるのだから、単純に、世の中の悪意というものから最も遠い世界に住んでいるかのような、とぼけた兵隊たちが巻き起こす珍騒動を、目を見張るような人形の動きで楽しむだけになる。

劇中で語られる与太話の場面に挿入される切り絵アニメや、静止画による戦闘場面を見ていると、動かないものに生命を与えるトルンカの天才に驚嘆してしまうのだし、いつもながら実写作品を凌駕するカメラワークや照明は、すばらしいとしかいいようがない。
そういった技巧という点では三編中、「3/堂々めぐりの巻」が特に充実している。特に派手な展開のない、室内が主な舞台である話が、精密なカット割りや移動撮影によってじつにいきいきと語られていて、動いている人形への(実写映画におけるズーム効果のように見える)トラックアップ、トラック・バック(ドリーイン、ドリーアウト)なんていう手の込んだ手法が繰り返される尋問シーンが出色だ。

トルンカの場合、どんな技巧の使用も控えめで、物語の必然からけっして逸脱することがなく、映画のクラシカルな技巧と無理のない人形の動きに忠実なのだけれど、見れば見るほど人間や事物の観察に基づいた細かい動きに気づいてしまう彫琢の深さが最大の魅力である。

トルンカの遺作になった「手」(1965)は、手袋をはめた人間の「手」と、コマ撮りのアルルカンの人形を組み合わせた異色作。
独裁政権を思わせる「手」と、隠遁生活のなかで美を追究するアルルカンとの対決という発想の単純さが、逆にインパクトをもたらしている。
全体主義への批判的な寓意があまりに明白で、世評ほど深遠な作品には思えなかったのだが、結局はアルルカンが英雄的な芸術家に祭り上げられてしまう結末はあまりに絶望的で、「ホンジークとマジェンカ」という遺作で幸福な境地に至ったカレル・ゼマンと比べると、トルンカは不幸なままで死んでいった芸術家なのだなと思う。


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