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赤ちゃん教育

監督: ハワード・ホークス

1938年


★★★★★問答無用の傑作

「ベイビーのしつけ(Bringing up Baby)」という原題の「ベイビー」はペットの豹の名前だけれど、そのじつ、世間知らずの考古学者(ケイリー・グラント)を、じゃじゃ馬娘(キャサリン・ヘップバーン)があの手この手で振り回して、自分用の恋人(ベイビー)に飼い慣らす話なんだから、「赤ちゃん教育」という邦題では、わけがわからないが、この映画のわけのわからないおもしろさを表すには、わけのわからない題名で行くしかないという、考えあぐねた末の開き直りだったのかもしれない。

恋愛映画でありながら、ロマンチックなムードのカケラもなく、怒り肩でサル顔美人のヘップバーンの行動は、まるでオスを獲得するメスの本能に突き動かされているだけみたいだし、ヌボーッとした大男のグラントは彼女に振り回されるのを、ウブなフリをして楽しんでいるようですらある。そもそもこの二人、考古学者らしい、あるいはお金持ちのお嬢さんらしい芝居をなに一つ要求されているわけでもなく、グラントとヘップバーンその人としてスクリーンに映っていて、その場に合ったアクションと大量のセリフを吐きだしているだけだ。

それぞれの策略や思い違いが、これでもかと追い打ちをかけるようにからみあった末の、ナンセンスの極みの状況のなかで、映画に操られた人形みたいな彼らが引き起こす騒動に、ごく尋常に味のある演技をしている脇役たちが振り回されるおかしさは、マルクス兄弟の映画にも似ているけれど、この映画でおかしいのは、もちろん役者たちの芸ではない。
かといって、新奇な演出や撮影で笑いを取ろうとしているわけでもないし、思い出し笑いを誘うような気の利いたエピソードがあるわけでもないし、物語そのものすら、文字で読んで笑える話とは思えない。
映画のアクションそのものに、笑いというアクションが誘発される、そんなぐあいに笑わされてしまうのだ。


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