★★★★
何度観ても楽しい
公開当時にとても驚いて、夢中になった映画の一つ。
キャメラがハイハイをする赤ちゃんの視線になってぐんぐんと床を這ったり、スピーディに地を這って、幾多の障害物を乗り越え、そのまま梯子を駈けのぼって絶叫する母親の口の中に飛び込んだりするのが、ものすごく新鮮だった。
この驚異的な映像は、キューブリックが「シャイニング」(1980)で使って一躍有名になったステディカムの向こうを張って、サム・ライミが「死霊のはらわた」(1983)で開発したシェイキーカム(shaky-cam)という装置を使っているらしいのだが、このシェイキーカムってなに?
検索をして、"THE COEN BROTHERS FAQ" (PDFファイル)というページを読んで、正体がわかった。
「サム・ライミから借りた装置です。中央にカメラを取り付けた12フィート(3.66メートル)の棒(または材木)の両端に二人の人間がいて、全速力で走ります」だって。
あはは。わざわざ「装置」と呼ぶのも気がひけるほどの、凄まじいローテク撮影法なのだった。これなら障害物を軽々飛び越えられたのも、当然ですね。
もうひとつの謎だったのが、広角レンズを使って、手前にあるもの(たとえば、脱獄囚に振り回されるニコラス・ケイジの足なんか)がドカンと大きく映るパワフルな映像が、なぜそれほど違和感を感じさせないのか、ということ。今回観直して、その理由がわかった。
なにかを強調するために、これみよがしに広角を使うのではなくて、全編にわたってむりやり普通に広角を使っているから、逆に構図が極端になっても目立たなくなる、逆転の発想だったわけです。
撮影はのちに、「アダムス・ファミリー」(1991)や「メン・イン・ブラック」(1997)を監督することになるバリー・ソネンフェルド。コーエン兄弟作品では、次作「ミラーズ・クロッシング」(1990)までの撮影を担当している。
物語はコーエン兄弟らしい、どうでもいいホラ話。
子供ができないことを知った夫婦(ニコラス・ケイジ、ホリー・ハンター)が、やむにやまれぬ思いに駆られて金持ちの家の赤ん坊を盗むのだけれど、やっと得たかに思えた夢の家庭も、脱獄囚たち(ジョン・グッドマン、ウィリアム・フォーサイス)やら、地獄からの使者のような賞金稼ぎのバイク野郎やらの闖入に掻き回されて……。
ニコラス・ケイジのやる気のなさそうな(これが絶品)アクションを見ていると、どんなバカバカしさも許せてしまうし、見終わった後に一抹のペーソスが残る、ということが、ほんとうに「一抹」であるにもかかわらず、ものすごくトクをしたように思えてしまう、無二の魅力を持っている。
導入部のめざましいテンポは、何度観てもワクワクしてしまうし、スーパーマーケット強盗を犯したケイジの奇想天外な逃走シーンは、サイレント時代のスラップスティック喜劇の傑作と比べても遜色ない、すばらしい出来映え。
軽快な疾走感をもたらすカントリー・ミュージックは、ピート・シガーの "Goofing-Off
Suite" というアルバムから採られたものらしい。口笛で吹かれるロシア民謡「鈴掛の小道を通って」の旋律が、とても素敵である。
たとえいかにもコーエン兄弟ふうの映像感覚や、ひねくれたストーリー展開を見慣れてしまったとしても、映画というオモチャを手にした子供のような大人たちが、全身で喜びながら撮ったような幸福感があって、何度観ても好きだと思える作品です。