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一日だけの淑女

監督: フランク・キャプラ

1933年


★★★幸せなおとぎ話

ニューヨークでりんご売りをしている老婆アニー(メイ・ロブスン)は、スペインの修道院で勉強している娘から、伯爵と結婚することになったという手紙を受け取る。困ったことにアニーは、娘への手紙で、自分が社交界の貴婦人だと信じ込ませている。アニーはごひいきのギャングの力を借りて、娘とフィアンセ、その父親が滞在する一週間だけ(一日だけではない)、貴婦人を演じるという大芝居に出る。

――というなりゆきは、題名とケース裏のコピーから、すぐに了解できるのだが、おもしろいのはその後。
つい任侠心を出して手を貸したギャングの親分(ウォーレン・ウィリアムズ)と仲間が、ノリノリになってしまったために、話がどんどん大きくなって、警察、市長、知事までを敵に回す事態に発展する。それがどうまとまるのかは、知らずに観た方がいい。

アニーは、親分から「娘の父親は?」と訊ねられても、口をつぐんだままでまったく過去について語ろうとはしないのだが、衣装を着替えただけで気品が身についているし、乞食仲間の一人は、かつて彼女が本当の貴婦人だったという回想を口にする。
なんらかの理由で、長年接触がなかった娘と再会しても、過去に関する話題は、ついに一言も交わされない。
シナリオの整合性からいえば、どこかで説明しておきたい重要な話がついに語られないことが逆に、この映画に説話的な風格を与えている。

ギャングの親分のセリフ、「おとぎ話を信じるか?」というのが、この映画のいいたいこと。
現代ではもちろん、この映画が封切られた当時でも、これほど人々の善意に寄りかかったおとぎ話は信じられなかっただろうと思うと、観たあとですこし悲しくなる。


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