★★★★★
シュールレアリスト=ミネリの暴走
ヴィンセント・ミネリが手がけた作品のなかで、というよりMGMのミュージカル映画の歴史のなかで、最大の問題作・失敗作という汚名を着せられてきたのが本作です。
フレッド・ジンネマンから急遽バトンタッチされた『時計』(1945)の監督を引き受けたため、いったん中断していた本作のプロダクトが動き出したのは、1945年の1月のことでした。4ヶ月の製作期間と約250万ドルの製作費をかけて完成した本作の興行成績は惨敗に終わります
(ちなみに『キャビン・イン・ザ・スカイ』は約68万ドル、『若草の頃』はその年の最高額の約189万ドルで製作されているのだから、本作はかなりの大作です)。
フリードが製作した作品中、初の商業的失敗作となり、批評家からの厳しい攻撃にも晒されました。
一般的なミュージカルの歴史でもほとんど触れられることがない、まさに呪われた映画となった本作ですが、のちに一部映画マニアの支持を得たとこのこと。またミネリ本人も晩年までこの映画のことを気にかけ、フォーラムに出席するたびに本作について言及していたたのだそうです。
日本未公開作品であり、本国でも過去にVHSが発売されただけなので、米盤のレンタル落ちビデオを取り寄せました。
以下***内はネタバレのあらすじです。
*******************************************************
舞台は南米の架空の国。
両親の死後、修道院に預けられたヨランダ(ルシル・ブレマー)は、18歳の誕生日を迎えた日に、両親の遺言によって莫大な遺産を相続することを院長から知らされる。
住み慣れた修道院に別れを告げ、叔母(ミルドレッド・ナトウィック)が住む大邸宅に到着したヨランダは、ホールいっぱいに集まった使用人たちから歓待を受け、その日から贅沢の限りを尽くした生活を送ることになった。
しかし世の中から隔絶された宗教的環境で育ったヨランダは、今の自分を幸福だとは思っていない。
その頃、ジョニーとビクター(フレッド・アステア、フランク・モーガン)の詐欺師コンビは、新聞で彼女の遺産相続を知り、彼女に取り入って大金をせしめようと屋敷に侵入する。ちょうど庭の片隅では、信心深いヨランダが天使の像の前にひざまずいて、守護を願っているところだった。
こっそりとその様子を見たアステアは、守護天使の化身になりすまして、彼女に接近する計画を立てる。あのとき君が祈っていた天使だと、お粗末な演出で姿を現すと、無垢なヨランダはコロリと騙されてしまう。
じつはこのときから、アステアとヨランダには恋心が芽生えたのだが、かたや相手はカモであり、かたや相手は人間を超えた存在だと思いこんでいる。ふたりはそれぞれ苦悩しながらも、相手に惹かれていく。
けっきょくヨランダは「天使」の言葉に従ってアステアに現金を渡し、詐欺師ふたりは逃走するのだが、ここぞという場面に決まって現れては、さりげなく彼らの悪事を妨害する謎の男(レオン・エイムズ)に翻弄されるうちに、ヨランダの屋敷のガードマンたちによって屋敷に連れ戻される。
じつはこの男こそ、本物の守護天使の化身なのだった。
詐欺師の正体が明かされ、金を取るか、愛を取るかの選択を迫られたアステアはヨランダと結婚し、めでたしめでたしの結末を迎える。
*******************************************************
『若草の頃』の大成功や、急場をしのいだ『時計』の代打演出、44年に撮影済みだった翌年公開の『ジーグフェルド・フォーリーズ』の総監督という大役を果たしたことなどで、ミネリは会社の信頼を得たのでしょう。本作の製作に関する大きな権限を任されたのだと思われます。やりたいことができる自由を得た彼が目指したのは、「夢と現実の相互作用を見せる」(ミネリの自叙伝
"I Remember It Well"(1974年刊)より )ために、ミュージカル映画にシュールレアリズムの手法を導入するという斬新な試みでした。
ミネリとシュールレアリズムとの出会いは、彼がハリウッドに来る以前にまで遡ります。
ミネリ:30年代にニューヨークにいた頃のことだ。私は自分が演出したショーに、初めてシュールなバレエを取り入れた。振付は
[訳注:ジョージ・] バランシン [1904-1983、ロシア出身の振付師、ニューヨーク・シティ・バレエの創設者] が担当した。ダリは当時の偉大な画家で、シュールレアリズムは生きざまだった。それからずっと、フロイドや夢、夢の不条理に熱中した。私はシュールレアリズムが生命の感覚であることに衝撃を受けた。作品にはできる限りそれを取り入れている。(ヘンリー・シーハンによるインタビューより)
こうしたミネリの試みが結果的に、当時の観客の支持を得られなかったことは、先述したとおりです。
さらに本作の不評の影響は、出演者にも及んでいます。
『ジーグフェルド・フォーリーズ』での、アステアとのダンスの相性のよさを評価されて本作のヒロインに抜擢された新進女優、ルシル・ブレマーは会社の期待を背負っていましたが、失敗作の烙印を押された本作の後もめぼしい作品に恵まれず、数年後に結婚してそのままあっさりと引退してしまいました。
ミネリは自叙伝で彼女のことを、ダンスはうまかったがスターの器ではなかったと述べています。たしかに、ダンス・シーン以外での彼女の演技は表情に乏しく、感情移入がしにくいタイプの女優です。
また本作のエキゾチックな設定を楽しみながら演じたのだというフレッド・アステアも、興行的な失敗にはショックを受けたようです。さらには彼の役である詐欺師が守護天使を装うという涜神的な設定にも、批評家の非難が集中しました。
完全主義者の彼は自信を失い、引退を決意することになります (とはいってもそのわずか2年後に、彼はダンス学校の事業に行き詰まり、『イースター・パレード』(1948)で復帰を果たすことになるのですが)。
しかし現在、公開当時の不評を引き継いだネガティブな評価や、ミュージカル映画に対するお決まりの楽天的な期待、あるいはヴィンセント・ミネリに冠せられた「ミュージカルの巨匠」などという窮屈なレッテルから離れてありのままの本作を観れば、その新奇な美しさ、大胆な幻想性、奇抜なダンス、豪華な映像と色彩、先鋭的な音楽、作り込まれた映像の完成美に圧倒されるはずです。
おとぎ話のような背景画と、絵のようなセットが一つながりになった架空の南米の国という舞台設定がそもそも異様であり、ピーカンに晴れ渡った空のもとで、色とりどりの衣装を着た子どもたちの合唱が、深紅の修道衣(!)を着て群舞する娘たちに引き継がれていく冒頭部分は、観ていてめまいがするようです。
まるでアラビアン・ナイトの世界を思わせる、豪華絢爛なヨランダの生活、ストラヴィンスキーの「ペトルーシカ」を思わせる、錯綜したオーケストレーションの音楽にのって繰り広げられるカーニバルの喧噪、オプティカル・アートのような目のチカチカする黒と白の模様が床に描かれたホールでのダンスパーティで、踊りまくるアステアとブレマーを追いかける、めくるめく移動撮影……。
ストーリー部分からして、すでにじゅうぶんシュールな本作には、さらに過激な幻想場面が、延々15分にわたって挿入されます。
ヨランダを騙すアステアの罪の意識を表現したダンスシーン、"Coffee Time" です。
夜道を散歩するアステアの目の前で、次第に現実が崩壊しはじめ、やがて彼は、奇妙な帽子をかぶって赤いドレスをまとった洗濯女たちのダンスに巻き込まれます。金貨の降る歩道の果てに彼がたどり着いたのは、サルバドール・ダリの絵に描かれたようなオブジェが配された荒涼とした荒野で、池のなかからは全身にヴェールを巻き付けた女が現れるのですが、彼女の身体は濡れもせず、風にヴェールをはためかせています。
アステアが踊りながら謎の女のヴェールを剥ぐと、金のドレスに身を包んだヨランダが現れます。
その後アステアが目にする光景と人々の動きは、まさに自動筆記された意識化のイメージそのもので、彼の過去・現在・未来を暗示しながらも、予測のつかない驚きと絵画的な美しさに満ちています。その大胆さは、『パリのアメリカ人』の幻想シーンの比ではありません。
ミネリは自叙伝のなかで、本作が失敗作だといわれている事実を認めながらも、「映画狂たちは本作のことを時代に先駆けしすぎたのだと言っている。私もそう考えたい」と言っています。
「時代に先駆け」てしまった本作は、現在の目で観てこそ、新鮮な驚異の念を与えてくれます。
さらにいえば、すでにいくつかのミネリ作品を観て、彼の作品中に巧妙に隠された手法に敏感になったファンの注意を引くのは、アステアが現実の世界から幻想世界へと移行したことを示すシーンの、洗練された「さりげなさ」でしょう。
ベッドに潜り込んだアステアの主観を離れたカメラは、浮遊するような動きをしながら部屋の中を漂い、コップに挿された赤い薔薇を捉えます。すでに眠り込んだかと思ったアステアの手が薔薇をつかむと、すでに主人公も観客も、幻想世界のなかに入り込んでいるのです。
映画の冒頭でアステアが経験した日常の反復がしだいに異物感をつのらせながら、主人公の無意識の領域へ観客を導いていく映像の連なりは、周到に設計されたものでありながらも、観る者をゾクゾクさせる未知の刺激をともなっています。
本作に限らずミネリは、回想や幻想のシーンをけっして安易に用いません。
それらと現実が注意深い「さりげなさ」で、なめらかに交差するミネリの映画では、意識の流れのなかでは現実も空想も等価であるという、シュールレアリスティックな(あるいは後のマジック・リアリズムの作家たちのそれに近い)主張が、常になされています。
さらにはミュージカル作品においても、ミネリはストーリー部分とミュージカルシーンの関係を、この現実と空想の関係に当てはめているかのようです。ミネリのミュージカルでは、登場人物たちはいきなり歌い踊りはじめることはなく、日常のふとした動作や会話のなかの言葉をきっかけに、さりげなく別世界へと足を踏み入れます
(余談ながら、こんなことを書いていると、ある言葉を蝶番のようにして、物語が現実世界と妖精の世界を往復する、ルイス・キャロルのファンタジー小説「シルヴィとブルーノ」のことを思い出します)。
本作の不評を経てもミネリは自分の感覚の正しさを信じて、『踊る海賊』(1948)ではヒロインの白日夢の世界を、『花嫁の父』(1950)では主人公の悪夢と、自作にシュールな映像を取り入れています。
しかし本作ほど、ミネリのシュールレアリズムの映像化への探求心をむきだしにして、外部の制約を受けずに思うがままの作品を作り上げた例は皆無だといえます。
『パリのアメリカ人』や『恋の手ほどき』など、センスのいいミュージカル映画を撮った監督、などという、ヴィンセント・ミネリに関する月並みなイメージを一撃で粉砕するだろう、本格的な再評価が最も待たれる作品が、この『ヨランダと泥棒』です。
(08 September, 2006 ©taraga)