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ティル・ザ・クラウズ・ロール・バイ (雲流るるはてに)
Till the Clouds Roll By

監督: リチャード・ウォーフ, ヴィンセント・ミネリ, ジョージ・シドニー Richard Whorf, Vincente Minnelli (uncredited), George Sidney (uncredited)

1946年

    

製作: Arthur Freed
脚本: Guy Bolton, George Wells, Myles Connolly, Jean Holloway
撮影: George J. Folsey, Harry Stradling Sr.
楽曲作曲: Jerome Kern
音楽: Roger Edens, Lennie Hayton, Conrad Salinger
出演: Robert Walker, Van Heflin, Judy Garland, June Allyson, Lucille Bremer, Dorothy Patrick, Kathryn Grayson, Tony Martin, Dinah Shore, Frank Sinatra, Cyd Charisse, Lena Horne, Angela Lansbury, Gower Champion


★〜★★★★天才と凡庸の落差

『ショウ・ボート』の作曲家、ジュローム・カーンの伝記映画。
未公開作品なので、ソフト化されるたびに、『雲流るるはてに』『雲流れるままに』『雲流れるまで』と、いろんな邦題が付けられてます。
国内盤としてリリースされたパブリック・ドメイン盤はどれも画質が悪いようで、上の画像左の米公式盤で観るのが一番なのでしょう。ぼくが観た画像右のPD盤には、翻訳ソフトで訳した文をほとんどそのままインポーズしたかと思われる、奇ッ怪な日本語字幕が付いています。

ロバート・ウォーカーが演じるジュローム・カーンが、先輩の編曲家ジェイムズ・I・ヘスラー(ヴァン・ヘフリン)と出会って音楽家としての才能を伸ばし、イギリスで出会ったエヴァ(ドロシー・パトリック)を妻とし、ブロードウェイで大成功を納め、さらにはヘスラーの娘であり、歌手を目指すサリー(ルシル・ブレマー)の成長を見届ける、という話。
劇中にはカーンが曲を書いたミュージカルの舞台が、ふんだんに挿入されます。

伝記的な内容がかなり美化されている、というのはかまわないのですが、ストーリーも演出も凡庸で退屈きわまりない 132分の長尺は苦痛です。
ミネリが演出した部分以外のミュージカル・シーンも、オールスターキャストのスターたちの顔ぶれを楽しむ以外はたいして見栄えがしないし、とくにラストに置かれた、シナトラが「オールマン・リヴァー」を歌い上げるシークエンスの、ジーグフェルド・フォーリーズの舞台を安易に模したセットは俗悪そのもの (この部分はおそらく、ジョージ・シドニーが演出したらしいとのこと)。
二度と頭から見返す気にはならない駄作です。

ミネリが演出を分担したのは、ジュディ・ガーランドが登場する三つのミュージカルシーンのみです。
公開は1946年ですが、ミネリの担当パートの撮影は45年の10月に終わっていたので、『ヨランダと泥棒』の次に撮られた作品ということになります。
ジュディ・ガーランドが演じるのは、ジュローム・カーンの友人の大女優、20年代に活躍したミュージカル・コメディのスペシャリスト、マリリン・ミラーです。

1) "Sally"
マリリン・ミラーが舞台で演じ、映画化 (dir.John Francis Dillon, 1929)もされた "Sally" から、"Look for the Silver Linging" を歌うミュージカルシーン。
ボーイが運ぶプレゼントとともに、人混みをかき分けながらジュディ演じるミラーの楽屋に侵入したカメラは、本番を目前に控えた彼女の姿を捉えます。訪問客を愛想よく追い返し、指揮者との打ち合わせを慌ただしく済ませ、着替えとメイクを手早く済ませるジュディの姿が、とてもリアルです。
楽屋口から舞台袖までを歩いていく彼女の姿を、カメラは長回しの横移動で追いかけていくのですが、くだけた日常の姿を見せる舞台人が、しだいに精神を高揚させ、彼らの聖域である舞台に立って役柄そのものになりきる神秘的な瞬間が納められたこのショットは、何度観ても胸が高鳴ります。
顔を汚したメイクで皿洗いをしながら、ジュディが未来の "Silver Linging" (希望の光)をしっとりと歌い上げる "Look for the Silver Linging" は、本作のなかで最も印象的で感動的な場面です。

2) "Sunny"
同じく映画化(dir.William A. Seiter, 1930)もされた "Sunny" より、サーカスのシーン。
これはすばらしい!
絢爛豪華な装飾が施されたサーカスの舞台に、赤とゴールドを基調にした衣装の楽団やピエロ、軽業師、ダンサー、コーラスの男たちが次々と登場。三頭の象までが金色に塗られている!
最後に、可憐な純白のチュチュを着たプリマドンナのジュディが登場します。
やがて円形の舞台を駆け回りはじめた白いポニーに、ジュディがポンと飛び乗ると、馬の尻の上でジャンプしながら、飛び降りては飛び乗り、馬の背に坐ったり横たわったりという曲乗りで、空気のような身の軽さを披露します。
画質が悪いので、はっきりとは判断できないけど、どうも本人が演じているようで、この時点で妊娠四ヶ月だった彼女が、こんなことをしていいんでしょうか。

やがてクライマックスを迎えると、団長は中央で激しくステップを踏み、楽団やダンサーは駆け回り、道化は飛びはね、金色の象は旋回し、色とりどりのリボンは翻り、インド風の衣装を着たモデルたちがポーズを作り、背景ではトランポリン、上空では空中ブランコの芸が演じられます。
天井近くのスポットライトの脇から滑空し、登場したジュディをクロースアップし、彼女の動きに合わせて躍動するカメラが、最後には大俯瞰で盛大なショーの全景を捉える撮影も絶品。
なんという贅沢。わずか3分の一大スペクタクルです。

3) "Who"
曲調をつなげながら、画面は次の曲にディゾルブします。
タキシード姿のダンサーとともに、ショーの舞台の階段を降りてきながら "Who" を歌うイエロー・ゴールドのドレスを着たジュディ。
舞台に降りた彼女を、さらに多くの男たち、クラシカルなドレス姿の女たちが取り囲み、優雅なダンスが繰り広げられます。洗練された純白のセットには、黒いトップモードのドレスを着たモデルたちが配され、数十名のダンサーたちのなかで、軽やかなステップを踏むジュディを、カメラはなめらかに、縦横無尽に追いかけます。
やがて円柱の台に上り、曲のクライマックスを歌い上げるジュディ。クロースアップされた彼女が最後に見せる、リラックスした笑顔がすばらしい。

この曲の撮影や演出、振付には、他のミュージカルの監督には真似ができないだろう、ミネリならではの細かい配慮がなされています。
たとえば曲の冒頭で、ジュディが最初に "Whooooooo" と声を伸ばすところは、階段を歩いて降りるのではなく、台車に乗ってなめらかに下ってくるんですね。リズムに乗って階段を下りてくるジュディと男たちを捉えた、次のカットとの対比がみごとです。
また円舞を舞う場面では、カメラは流線を描いて移動し、タップを踏む場面では静止し、やがてストリングスが入ると、なめらかにドリーやティルトをします。

歌手やダンサーを長回しで追いかけるのがミュージカル演出の基本ですが、この曲も含めてミネリのミュージカルシーンでは、必ず何度か、カットの切り替えが行われます。しかしその切り替えが、歌手のブレスやダンスの転換点、あるいは音楽に没頭した観客がため息をつきたくなる瞬間に配されて、しかも人物の立ち位置や動作が正確に維持・継続されるので、まったく不自然を感じさせません。音楽・視覚の生理に、ぴったり寄り添っているのです。
全体が細部に通じ、細部が全体につながって渾然一体となる、ミネリの演出の好例です。

ミネリの演出部分は以上のみ。
もとの演出に戻ってからの落差が、ことさら酷く感じられます。
ミネリの卓越したミュージカルシーン演出の才能と、幸福感に溢れてはつらつとしたジュディの姿を見るための映画です。

(15 September, 2006 ©taraga)


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