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| ヴィンセント・ミネリ |
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| 時計 監督: ヴィンセント・ミネリ Vincente Minnelli 1945年 製作:
Arthur Freed ★★★★ いったんはフレッド・ジンネマンが監督を任されたものの、主演のジュディ・ガーランドとうまくいかずに監督を降ろされ、企画自体が没になりかけたところを、ミネリが引き受けたラブストーリー。 ストーリーは、とくに詳述するほどのこともありません。 『バンド・ワゴン』の特典ディスクに収録されたミネリのドキュメンタリーで、この映画のすばらしい1シーン(駅の階段での再会場面)を目にして猛烈な既視感に襲われ (もしかしたら子供の頃にテレビの洋画劇場で観たのかもしれません)、絶対に観たいと思った作品で、例によって国内では観るすべがないので、米国からレンタル落ちビデオを取り寄せました。 ジャンルを形成するまでには至らないけれど、かつて合衆国では都市を主題にした描写音楽が、かなり好まれていたように思います。 あるカップルがニューヨークの昼と夜の名所を探索しながら、都市によって翻弄され、都市によって結ばれるこの作品は、まさにそういう「音楽詩」のようなものを、映像によって「作曲」しようとした試みだと、ぼくは思いました。 偶然の出会いから、たんにジョーとアリスという互いのファーストネームしか知らない間柄での、限られた時間のなかの恋、星空の下での抱擁、別れとすれ違い、そして再会、またしても訪れる長い別れ、などなど、メロドラマの要素が満載なのに、ちっとも感傷的ではありません。
そもそもミネリはこの作品について、ニューヨークこそ第三の主人公だ、と言っていたそうです。 この場面のためにミネリは、都市の音だけによって作られた管弦楽の小品を作曲させることを計画したのですが、その考えはMGMによって却下されたのだそうで、どうやらこの場面を、ミュージック・コンクレート(具象音音楽)による映像詩のようなものにしたがっていたようなのです。
またこの作品は、ミュージカルではなく、しかもモノクロームで撮られているジュディ・ガーランドの主演作という点でも、非常に貴重です。 二階建てバスの階上で、日に当たるとくしゃみがでてしまう体質なのだとロバート・ウォーカーに説明する、ちょっとあか抜けない様子だとか、美術館のなかでエジプトの遺跡の台座に腰掛けて、ハイヒールを脱いで自分の足をマッサージするくだけた仕草だとか、食事中に汚れたロバート・ウォーカーの軍服の袖を、会話を続けながらコップの水で湿らせたハンカチでサッと拭き取る世話焼きぶりだとか、まさに田舎から大都会に出てきて3年目のOL、という設定にぴったりで、しかもそれこそが、まさにジュディの魅力ではないでしょうか。
そんなヴァイタリティを内に秘めた女性が、いつか「都市」をやっつけようと手ぐすね引いて待ちかまえていたところに、たまたま転がり込んできた「愛」の魔力によって、「都市」を踏んづけるパワーを得るまでの二日間を、音楽的な映像による叙事詩に仕立て上げる――ミネリの『時計』は、そんな大胆きわまりない試みを実践した、ミネリの特異な一面の原型を示したかのような「メロドラマ」でした。
(06 August, 2006 ©taraga)
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