
|
|
|
| ヴィンセント・ミネリ |
|
|
|
|
| 悪人と美女 監督: ヴィンセント・ミネリ Vincente Minnelli 1952年 製作: John Houseman ★★★★ ヘンリー・シーハンのインタビューによると、『リリー』の監督を外された直後だったヴィンセント・ミネリが、脚本に惚れ込んで引き受けた作品だとのこと。 日本では、直訳とはいえインパクトの薄い、よく似た題名を連想させる邦題がついているために、かなりソンをしているのではないでしょうか。ロマンチックなイメージに反して、ハリウッドの大物プロデューサーの横暴ぶりを描いた、シリアスで辛辣な内容の作品です。 出世作『若草の頃』(1944)ですでにカラーを使い、『巴里のアメリカ人』(1951)や "Lovely to Look at"
(1952)と、続けざまにカラー作品を手がけて、カラーならではの表現を獲得していたミネリですが、こういう地味なテーマだと、まだ白黒で撮らされる、という時代だったんですね。
物語は、カーク・ダグラスが演じる、デヴィッド・O・セルズニックをモデルにしたのだというプロデューサー=「悪人」に虐げられた三人(映画監督、女優、脚本家)が、過去を回想しながら彼の非道ぶりを告発する、というオムニバス形式で語られます。 B級映画監督の長年の夢だった企画を、脚本が仕上がった時点で横取りしたり、栄光の夢とセックスの魅力で吊り上げた女優を突き放したり、脚本家を缶詰状態にして執筆させ、邪魔な脚本家の奥さんをハリウッドスターと浮気をするようにし向けたり
(脚本家の妻を演じたグロリア・グラハムが、愚かだけれどせつない、忘れがたい印象を残します。 しかし、たしかにこのプロデューサーは「悪人」なんですが、いい映画を作る、という目的に外れたことは一つも行っていません。人間という意味ではなくて、映画製作者としては、良心の塊であって、酷い目にあったはずの三人が、けっきょくはその魅力にズルズルと引き戻されていく、という怖い映画です。
この誇大で危険な役柄を大熱演で体現しきった、カーク・ダグラスの「悪人」の魅力が、最大の見どころであり、ミネリも彼の演技に最大級の賛辞を送っています。 ミネリ:あれ [『悪人と美女』] は成功作だった。私はあの映画のほとんどの部分が大好きだよ。3人の人物からの視点がある作品だがね。ほとんど私が撮るはずだった『リリー』 [チャールズ・ウォーターズ監督、1953年、フランスが舞台で、レスリー・キャロンが主演したミュージカル] の代わりに私がそれを撮りたがっていると、 [ちょうど完成したばかりの『巴里のアメリカ人』人を引き合いに出して] 、ドア・シャーリー [MGM製作部長、1948-1956] は「君は何のためにそんなことをしたいんだ」と言った。私のエージェントでさえ、「気の乗らないストーリーだ」と言ったものだ。ああ、でも私はそうは思わなかったよ。主人公はすさまじい魅力を持ってなきゃならない。彼はいい映画を作るために母親を殺しかねないほどの映画狂だ。そんなことをやれるような魅力を持っていなきゃならない。まあ知っての通り、カーク・ダグラスには強みがある。彼はことさら演じなくても、まさにあの役におあつらえむきの役者だった。そんなわけで、彼は役の魅力を完璧に表現してくれた。あるシーンの撮影が終わったとき、彼は私に言ったんだ。「このシーン、自分でも魅力的だったと思うよ!」。彼が人を踏みつけにするときだって、我々はその魅力にこだわっていたよ。でもあの主人公は常に正しかった。[訳注:バリー・サリバンが演じた] 監督はいい映画を撮る実力がないのに、プロデューサーの手を借りている。脚本家の妻は脚本家をいらつかせてしまう。だから彼は、それらすべてを矯正した。しかし彼は力ずくでそれを押し切らなければならず、愛する人を傷つけてしまう。さらに本作は、当時のハリウッドの映画製作の現場を活写した作品として、映画好きを驚喜させるような描写をふんだんに含んでいます。 B級西部劇の撮影風景や、「猫男の悲劇」なるトラッシュ映画の企画、巨大なセットを組む歴史大作の裏側など、けっして華やかではない側面の、ハリウッドの裏側を覗くおもしろさがあります。さらには製作現場でのプロデューサーと監督の関係や、ハリウッドが脚本家をどう使ったのかなど、なんとなく知ってはいた裏事情が、リアルに描かれているのです。 ミネリの演出は力強く簡潔で、まったくムダを感じさせないのですが、一箇所だけ、彼らしいファンタジーが暴走した場面があります。山田宏一氏の文章でも触れられている、失恋のショックを受けたラナ・ターナーの運転する車が、激しくクラッシュする場面です。 車窓に輝く照明がめまぐるしく旋回し、ハンドルが無意味なほどにクルクルと空回りし、いつ果てるともなく車はクラッシュし続けます。放心状態のターナーは、泣きながらエクスタシーを感じているかのようです。
ミネリのフィルモグラフィ中の異色作ではあるものの、代表作の一つだといえる、完成度の高い名作でした。 * さて、本作の国内盤はジェネス企画から出ている、例によってそれほど画質も良くないし、特典も文字解説だけなのに高額なディスクです。 対する米盤は内容充実。 しかしこのドキュメンタリーの語り手である "A Daughter" っていうのが、なんとスキャンダラスなあの事件を起こしたシェリル・クレインその人なんですね
(参考: http://www.ainoue.com/seirin/rana.html
)。 (02 August, 2006 ©taraga)
|