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三つの恋の物語
The Story of Three Loves

監督: ゴットフリード・ラインハルト, ヴィンセント・ミネリ Gottfried Reinhardt, Vincente Minnelli

1953年

製作: Sidney A. Franklin
撮影: Charles Rosher, Harold Rosson
音楽: Miklos Rozsa, Douglas Shearer
美術: Cedric Gibbons, Preston Ames, Edward C. Carfagno, Gabriel Scognamillo

1. 嫉妬深い恋人 The Jealous Lover
監督: Gottfried Reinhardt
脚本: John Collier
出演: James Mason, Moira Shearer, Aunt Lydia, Miklos Rozsa

2. マドモアゼル Mademoiselle
監督: Vincente Minnelli
原案: Arnold Phillips
脚本: George Froeschel, Jan Lustig
出演: Ethel Barrymore, Leslie Caron, Farley Granger, Ricky Nelson, Zsa Zsa Gabor

3. 均衡 Equilibrium
監督: Gottfried Reinhardt
原案: Jacques Maret, Ladislao Vajda
脚本: John Collier
脚色: George Froeschel, Jan Lustig
出演: Pier Angeli, Kirk Douglas, Richard Anderson


★★★ミネリらしいファンタジー

1953年製作。ゴットフリート・ラインハルト、ヴィンセント・ミネリ監督のオムニバス映画。
米国本国でも未ソフト化。

客船に乗り合わせた三人の男女が、それぞれの愛の物語を回想するという、オムニバス(乗り合いバス)ならぬオムニシップともいうべき作品。一部ではミュージカルに分類されていますが、バレエシーンが含まれているだけで、ミュージカルではありません。
ミネリが担当した第二話「マドモアゼル」は、軽い小品ながらコメディ、ロマンス、ファンタジーが溶けあった、いかにもミネリらしい洗練を味わえます。

以下、**** 線内は、ネタバレのあらすじ。


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第一話 「嫉妬深い愛人」 (監督:ゴットフリート・ラインハルト)
デッキでくつろぐ有名なバレエ演出家(ジェイムズ・メイスン)にファンが訊ねる――あなたはなぜ、傑作バレエ「アスタート」を、一度しか上演しなかったのか、と。
回答を拒んだ彼は、その作品の発想の源になったポーラ(「赤い靴」のモイラ・シアラー)の追想にひたる。
心臓病をかかえたポーラは、バレリーナとしての天賦の才能を持ちながら、医師から踊ることを禁じられていた。ある夜、バレエ観劇を終えた誰もいない舞台に立って、思わず踊り出す彼女の優雅な姿を、ジェイムズ・メイスンが目に留める。彼女を自宅に招いて踊らせ、新しい振付のインスピレーションを得るメイスン。思う存分踊って、満足の笑みを湛えた彼女は、帰宅後に息を引き取ってしまう。
メイスンは天国の彼女に見せるために、一度きりの興行を行うのだった。

第二話 「マドモアゼル」 (監督:ヴィンセント・ミネリ)
物思いに沈んだバレエ演出家の傍らを通りかかった、レスリー・キャロンの回想……。
12歳のトミー(リッキー・ネルソン)は外交官の父の仕事の都合で、ローマに滞在している。家庭教師(レスリー・キャロン)に習うフランス語が嫌いで、彼女との口げんかが絶えない。
ある夜、友達からヘイゼル・ペニコット夫人という魔女(エセル・バリモア)の噂を聞いたトミーは、おそるおそる彼女を訪ねて、勉強をしなくていいように大人にしてほしいとお願いする。
魔女に言われた通り、夜の八時に指に赤いリボンを巻き付け、ヘイゼル・ペニコットの名前を唱えた彼は、ほんとうに青年(ファーリー・グレンジャー)の姿になる。おどおどしながら訪れた酒場で妖艶な女性(ジャ・ジャ・ガボール)に声をかけられ、早々に退散した彼が夜道で出会ったマドモアゼルは、家庭教師のレスリー・キャロンだった。
ふたりはたちまち恋に落ちるのだけれど、魔法の期限である深夜十二時の鐘とともに、翌朝十時に駅で会おうと言い残して、トミーは駆け出してしまう。
翌日は外交官一家が、ローマを去る日。レスリー・キャロンは独りローマに残って青年を待つのだが、当然彼は現れない。悲しみに暮れる彼女に声をかけたのはペニコット夫人で、彼女はレスリー・キャロンを慰めると、魔法の赤いリボンを手渡す。
……再び船上。
憂鬱な顔をしたレスリー・キャロンに、ある青年が声をかける。青年は駅で気味が落としたのだと言って、彼女に赤いリボンを手渡し、ふたりはむつまじく腕を組むのだった。

第三話 「均衡」 (監督:ゴットフリート・ラインハルト)
その傍らで海を見つめる、カーク・ダグラスの回想……。
空中ブランコ芸人のピエール(カーク・ダグラス)は、演技中に事故死した妻が忘れられず、隠退生活を送っている。ある日の散策中に、彼は身投げをした若い女性(ピア・アンジェリ)を助ける。彼女が入院をした病院を訪ねた彼は、彼女がもとはスキーのジャンプ競技選手だったことを聞き、彼女をブランコのパートナーにすることを考える。
回復後にピエールを訪ねてきた彼女は、彼の申し出を受け入れ、厳しい訓練がはじまる。
やがてピエールは、熱心に練習に励みながらも、どこか虚無的な彼女の秘密を知る。彼女の夫は、ナチスの収容所で死んでいた。夫の死を自分の責任だと考える彼女と、妻の事故死の責任は自分のミスだと考えるピエールは、さらに深く、死を恐れぬ芸の世界で結ばれる。
アメリカからやってきた興行師たちの前で、保護ネットなしの大技「死のダイブ」を成功させて契約を結んだふたりは、いまこうしてニューヨークへ向かう船上の人となり、私生活でも愛を育みはじめたのだった。
おしまい。

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……ヴィンセント・ミネリ原理主義者としては、ミネリの担当パートだけ素晴らしくて、あとはひどかったらおもしろいなと思って観たんですけど、ゴットフリート・ラインハルトの監督パートも、なかなかの出来。

モイラ・シアラーのバレーシーンは文句なしに美しいし、『赤い靴』(1948)の頃より演技も上達している。
空中ブランコ・シーンも迫力じゅうぶん。
カーク・ダグラスは軽業芸人だった過去もある俳優。かなりの部分をスタントなしで演じているようで、それが異例の緊張感を生み出している。
いざブランコの大技に挑戦、というシークエンスで、主人公たちの気持ちの高揚とともにメロドラマチックな音楽が高まって、縄ばしごをズンズン上ってくるピア・アンジェリを真上からとらえたショットに、ドキドキしました。

イタリアロケを含むミネリ作品は、人物の背景にローマの遺跡や建物や噴水を配して、彼一流の絵画趣味を満足させる画作り。ローマの旧跡を舞台にした上流階級のラブロマンスが醸す雰囲気は、ヘンリー・ジェームズの「デイジー・ミラー」を思い出さずにはいられません。
また、レスリー・キャロンの役柄が、家庭教師であることも重要です。
良家に生まれて相応の教養を身に付けながらも、女性の末子であるなどの理由で財産を相続するあてもなく、多くは上流家庭の家庭教師となって、そのままオールドミスとして老いていく運命にあった彼女らは、かつてはメロドラマ的な小説の格好の題材となったわけですから、本作のレスリー・キャロンは、まさに「魔法」のようなロマンスをつかんだ、ということになります。
レスリー・キャロンの回想に、なぜ彼女が知らないはずの少年の主観が紛れ込むのかという不自然はあるのだけれど、まあ、他愛のないおとぎ話として見逃すべきなのでしょう。

観ていて嬉しかったのは、大きな鏡が置かれた子供部屋の中でリッキー・ネルソンの大人への変身シーンをどう描くかが、事前にすっかり予測できたことでした。
十時を過ぎると、体になにか異変が、と感じた少年が鏡に体を映すと、そこに大人になった自分の姿を見いだす、という趣向。
ミネリ作品における鏡の中には、つねに登場人物たちが自らの欲望がもたらす変化を客体視することになるのです。

さて、ミネリが監督した「マドモアゼル」には、Mrs. Hazel Pennicott という魔女が登場します。
ごく普通のおばさんが、魔法使いらしいという話を聞いて、リッキー・ネルソンがおどおどと接するコメディタッチの演出が楽しいんですが、それにしても「ヘイゼル・ペニコット」というのは、魅力的な名前です。
これはなにか由来のある名前なのか、と思って検索をしましたが、本作以外はまったくヒットしません。脚本家のオリジナルのようです。
試しに日本語でも検索してみると、なんとこの図書館の蔵書目録に、「ヘイズル ペニコット」という児童向けの戯曲があるのを見つけました。

なぜ50年代のハリウッド映画に登場する魔女が、日本の戯曲の題名になっているのか?
もしかすると、とんでもない発見が……。

というわけで、わざわざこの図書館まで足を運んで、書庫から「日本児童劇全集2」を取り出してもらったのです。
……で、その結果は、考え得る限り最も平凡なものでした。
白波瀬道雄という小学校の先生が、『三つの恋の物語』を観て、「ヘイズル ペニコット」という呪文を題材にした劇を書いた、ということだったのです。なあんだ (でも参考までに 戯曲の冒頭ページ をアップしておきます)。
しかし、この戯曲が書きはじめられたのが、本作の製作年の年末だったわけで、こういう忘れられたクラシック作品が最新作として封切られて話題になった時代もあったんだなと思うと、当たり前のことだけれど不思議な気もします。


(2006年6月16日 アテネフランセ文化センターにて)

(26 July, 2006 ©taraga)


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