★★☆〜★★★★
美の暴発にクラクラ
ジェローム・カーンが書いたブロードウェイ・ミュージカルを、RKOが1935年に映画化したのが「ロバータ」(監督:
ウィリアム・A・サイター。フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャースが出演)、さらにその権利をMGMが買い取って、再映画化したのが本作。
マーヴィン・ルロイ監督作品の一部を、ノークレジットでヴィンセント・ミネリが監督しています。
以下に述べる理由で、完全なミネリ作品としての部分を含んでいるので、このサイトでは監督作にカウントしました。
ファッションショーのシーンだけをミネリが代打監督したのだということで、Web上でも映画作品としてほとんど採り上げられず、"The
Films of Vincente Minnelli" のフィルモグラフィからも落ちている作品なのだけれど、まさに大穴でした。
狂ってる!
どこが? ってのは、後述します。
***************************************************
物語。
ミュージカル・ショーを主催するトニー・テイラー(ハワード・キール)と彼の相棒、アル・マーシュ(レッド・スケルトン)とジェリー・ラルビー(ガワー・チャンピオン)は、今日もショーの金策に四苦八苦している。そこに飛び込んできたのが、マーシュのフランスに住む叔母が亡くなって、パリの一流夫人衣裳店「ロバータ」の所有権の半分を、彼が相続したという手紙。
所有権を他の権利者に売却すれば、ショーの資金ができると考えた彼らは、さっそくフランスへ。
ところがステファニー(キャサリン・グレイソン)とクラリス(マージ・チャンピオン)の姉妹が経営する老舗の衣装店は、破産寸前の経営難にあった。
そこでトニーが提案したのは、豪華なファッション・ショーを開いて、サロンの経営を盛り返すというプラン。
目的を一つにしたトニーとステファニー、ジェリーとクラリスは互いに惹かれ合うのだが、そこにキールのガールフレンドであるショーガールのバブルス(アン・ミラー)が渡仏してきた。
恋のさや当て騒動の末に、パートナーを失ったバブルスはマーシュに接近する。
彼らはマックス(カート・カズナー)とジャ・ジャ(ジャ・ジャ・ガボール)というカップルと親交を結ぶのだが、マックスがニューヨーク・ショービズ界の大物プロデューサーであり、トニーのショーに出資する意思があることを知って、トニーはファッション・ショーを放棄し、単身ニューヨークへ向かう。しかしマックスの粋な計らいで、トニーはふたたびパリに戻り、ファッションショーは大喝采のうちに幕を閉じる。
トニーとステファニー、ジェリーとクラリス、マーシュとバブルス、マックスとジャ・ジャの4カップル、そして観客たちが、華麗にフロアを舞うのだった。
***************************************************
と、まあ、歌って踊れば、恋も仕事もバッチリね、というストーリーなんかどうでもいい、おフランス趣味とファッションのてんこ盛りが趣向のミュージカルで、"Smoke
Gets In Your Eyes(煙が目に染みる)" "I Won't Dance" "Lovely
to Look At" などのカーンの名曲がリユースされるのがウリのようです。
マーヴィン・ルロイは『百萬弗の人魚』とか『ミスタア・ロバーツ』を監督した人ですね。
もう、とにかく陽気に、冒頭からいきなり三人男が歌ったり、踊ったり、それぞれのパートナーと恋のナンバーを歌い上げたり、臆面もないミュージカルです。もともとミュージカル好きでもない自分には、ちょっとしんどい。
芸達者な出演者たちの芸を、余計なカット割りをせずにロングテイクでじっくり見せるという、ミュージカルの基本は遵守されていて、好感は持てるのだけれど、それだけ、です。芸を見せる以外になんの芸もないので、ストーリー部分はきわめて退屈。
冒頭近くで、例によって美脚ダンスを披露するアン・ミラーは、『イースター・パレード』の撮影中に夫からドメスティック・ヴァイオレンスを受けて階段から転落し、痛めた腰をテーピングして、劇中の激しいタップを踊り切ったという根性お姉さんで、今回も激しく踊ります。
キャサリン・グレイソンが歌う『煙が目に染みる』は、メロディを聴けば、あ、あの曲かと思う、誰もが知っている名曲だし、朗々と美声を披露するハワード・キールは、まるでドイツ・リートの歌手みたいです。
マージ&ガワー・チャンピオンは、夫婦者のダンス・コンビらしくて、息がぴったり (奥さんは淡島千景に似てるなあ)。ガワーがマージに求愛する
"I Won't Dance" のダンスは鳥肌もの。
お笑い芸人のレッド・スケルトンは、三枚目の間抜け役を演じて、パーティで芸を披露するのだけれど、間抜けを演じていた人が、劇中劇でさらに間抜けを演じるって、難しいと思うんですよね。それをピアノに頭をゴチゴチぶつけて、最後にはピアノの蓋に頭を挟まれる決死の芸で、壮絶なコメディアン魂を見せつけます。
しかし、こういう芸を羅列するタイプの映画の常として、べつに映画じゃなくてもいいという印象がつきまとうわけで、映画らしさに対する感慨は薄く感じられる。
つまらない。これでミネリの演出パートがちょっぴりだったら、がっかりだ、と思っていたところに、クライマックスのファッション・ショー。いよいよミネリの代打演出です。
当時ミネリは、結局実現しなかった「ハックルベリー・フィン」のミュージカル化に没頭していたのですが、本作を監督していたルロイに急用ができたため、会社側からクライマックスシーン(カーンの名曲メドレーに乗せたドレス・パレード)のみの演出を依頼されました。ノークレジットでいいから、自分が好きなように演出することを交換条件として引き受けたというのが、いかにも芸術家肌のミネリらしい。
このサイトの記事によると、100,000ドルの予算を組み、MGM専属のトップデザイナー、エイドリアンに40着以上のコスチュームをデザインさせたのだそうです。
……で、その結果は。
狂った原色と、絢爛豪華な貴族趣味、シュールな幻想の乱舞――美の大爆発がめまいを引き起こす、やりたい放題の16分間!
ショーはグリーン、ブルー、レッド、ゴールドの四部構成。
ノーブルな普段着を披露するグリーンの時間からして、アール・デコ調の光のトンネルから登場するモデルたちの美しさに息を呑み、ブルーの時間では、お得意の美女活人画で、ダリやエルンストを連想させる「凍った時間」を演出します。続くレッドの時間は、悪趣味スレスレ(まるでゲル・ショッカーの秘密基地)の奇怪なオブジェを配して、『ジーグフェルド・フォーリーズ』の宝石泥棒のダンスを再現(ダンサーはチャンピオン夫妻)。金のマスクをつけた甲冑軍団に守られて、モデルたちが総出演するゴールドの時間は、ルノワールの『黄金の馬車』もかくやと思う豪奢。
ミネリはハリウッドに来る以前、シカゴやニューヨークで舞台の衣装デザイナーの経験を経たのち、舞台演出家になった人。コメディ作品にしばしば登場するファッションデザイナーやファッションショーが、リアルに描かれているのはそのためだと思うのですが、本作でのショーの様子はストーリーが求める必然をはるかに逸脱して、怪奇幻想の域に突入しています。
まさかこんなところに『ヨランダと泥棒』(1945)や『巴里のアメリカ人』(1951)のそれに匹敵する物量のファンタジー・パートが潜んでいようとは、思いもよりませんでした。
この頃のミネリの内側には、チャンスさえあればいつでも爆発可能な、美のエネルギーが沸々と煮えたぎっていたんですね。
(08 August, 2006 ©taraga)