★★★★
圧倒的なメロドラマの傑作
輸入レンタル落ちビデオで鑑賞。残念ながらテレビサイズにトリミングされています。
現在、ノートリミング盤は Cinemacom
Classic Movies というところでDVD-R で配布されており (合法なのか?)、アメリカではDVD化の噂もあるようです。
さてミネリといえば、MGMミュージカルの巨匠、という肩書きが切り離せないんですが、IMDb
に挙げられた39本の作品中、ミュージカル作品は16本。その半数が初期に集中しています。映画作家として脂ののりきった時期の作品には、むしろ非ミュージカル作品が多いのです。
ドラマ作品の内訳としては、メロドラマとコメディが大半を占め、その他にもハートウォーミング、文芸、サスペンス、業界内幕もの、戦争歴史大作、などなど、じつにヴァラエティに富んだフィルモグラフィです。なかでも最も重要なのは、メロドラマ的要素なのですが、複雑な要素が混在するミネリ作品はジャンル分けが難しく、メロドラマだといえば、ほとんどの作品がメロドラマであり、逆に言えば純然たるメロドラマに取り組んだ作品はそれほど多くありません。
そんななかで本作は、上映時間150分の堂々たるメロドラマであり、ミネリの代表作の一本です。
長尺にもかかわらず、大河ドラマというわけはありません。
アメリカ南部の、ある一家の、わずか二、三年間のうちに起こった、ほとんど家庭内的な悲劇を描いただけの話。
これが泣けるんですね。英語のセリフがちゃんとわかったら、きっと号泣していたと思います。
以下、**** 線内は、相関図とあらすじ。結末を明かしています。
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愛人
― ↑―――――――――ラファエル・レイフ・コープリー
| ウェイド・ハニカット ‖
| ‖ ‖
ハニカット家 | ‖――――――――シーロン・ハニカット ‖
| ‖ | ‖
| ハンナ・ハニカット | ‖
― | ‖
|―アルバトロス ‖
― | ‖
| アルバート・ホルステッド | ‖
| ‖ ↓ ‖
ホルステッド家| ‖―――――――――エリザベス・リビー・ホルステッド
| ‖
| サラ・ホルステッド
―
[配役]
"キャプテン" ウェイド・ハニカット、テキサスの大地主: ロバート・ミッチャム
ハンナ・ハニカット: エリノア・パーカー
シーロン・ハニカット: ジョージ・ハミルトン
ラファエル・レイフ・コープリー、私生児・使用人: ジョージ・ペパード
リビー・ホルステッド、シーロンのガールフレンド: ルアナ・パットン
アルバート・ホルステッド、リビーの父: エバレット・スローン
サラ・ホルステッド、リビーの母: アン・セイモア
物語。
鴨猟に出かけたテキサスの大地主、ウェイド・ハニカット大尉と使用人の青年レイフ、数名の男たちが獲物に狙いを定めたとき、何者かがウェードを狙って発砲した。その場で取り押さえられた犯人は若い男で、彼はウェイドに向かって、オレの女房に手を出すなと怒鳴る。
実際、ウェイドは傲慢で女癖が悪く、妻のハンナと新婚旅行から戻ったとたんに、愛人が彼との間の子供を連れてきたほどだった。それ以来20年間ほど、妻は夫に固く心を閉ざしている。
彼らには一人息子のシーロンがいる。
家庭に無関心なウェイドをよそに、ハンナはシーロンを甘やかして育てた。極端に内気なシーロンは、年頃なのに女の子に口もきけない。
ある日シーロンは、小作人の男たちからからかわれ、シギ猟をするといって池の縁に置き去りにされる。息子の失態を知ったウェイドは、彼にライフルの扱いを教える。シーロンはめきめきと射撃の腕を上げ、百発百中の腕前を誇るようになった。
その頃、小作人たちが、猪が家畜を襲って困るとウェイドに陳情する。
ウェイドは猪退治の大役をシーロンに任せる。小作人たちは、ひ弱なシーロンにできるはずがないとたかをくくっている。
レイフと猟犬たちと共に、夜通しで猪を追いかけたシーロンは、ついに凶暴な大猪と遭遇し、獲物の眉間に銃弾を撃ち込む。
ウェイドは猪を射止めたシーロンのために、町民を集めたパーティを開く。
シーロンはかねてから思いを寄せていたリビー・ホルステッドをダンスに誘おうと、彼女の家を訪問する。しかしリビーの父親のアルバートはウェイドの不品行を許せず、娘を家に閉じこめてしまう。
しかし障害に阻まれ、かえって恋の炎を燃やした若いふたりは、森で密会をして関係を結ぶ。
深夜に帰宅したシーロンを見かけた母親のハンナは、色恋にうつつを抜かす彼の姿にウェイドの影を重ねて、それまで秘密にしてきた父親の過去の行状を、思わずぶちまけてしまう。
厳格な家長として振る舞う父親を純粋に崇拝していたシーロンは、その言葉にショックを受ける。ことにこれまで使用人だと思っていたレイフが自分の兄弟だと知った衝撃は、彼に決定的なダメージを与える。
彼はレイフの小屋を訪ねて家出の決意を伝え、職を見つけて家に戻らなくなる。
町の工場で働くシーロンを訪ねたウェイドは、冷たく突き放され、かつての愛人宅に入り浸る。
自分の告白が息子を追いつめたことを知ったハンナが病の床に伏し、シーロンは家に戻るものの、彼の子供を妊娠したリビーに対して、自分には結婚の意思がないと告げるのだった。
スーパーマーケットでリビーに出会ったレイフは、彼女の悩みを聞き、その場でプロポーズをする。
自分の不寛容が娘を不幸にしたと悔いるアルバートは、二人の結婚を認める。
レイフとリビーが幸福な新婚生活をはじめたホルステッド家の外には、思い詰めた表情で彼らの寝室を見上げるシーロンの姿があった。
リビーが産んだ子供は、アルバトロスと名付けられる。洗礼式の日に教会の外でアルバートは、赤ん坊の父親はウェイドにちがいないという男たちのうわさ話を耳にして激怒する。
一方、家族三人が心を閉ざし、陰鬱な雰囲気が漂うハニカット家では、息子の沈んだ様子に心を痛める夫婦が、新婚旅行以来初めて、互いに歩み寄ろうとしている。
そんなとき、一発の銃声が鳴り響く。
二階から駆けつけたシーロンが見たのは、暖炉のそばに血まみれで倒れたウェイドと、トラックを盗んで逃走する何者かの姿だった。シーロンはホルステッド家に走り、レイフに事態を告げる。駆けつけたレイフはウェイドを抱きしめ、自分を息子と呼んでくれと叫ぶのだが、ウェイドはそのまま息を引き取る。
シーロンはライフルをつかんで自動車に飛び乗り、犯人を追う。
森の中に乗り捨てられたトラックを見つけ、足跡をたどり、草のなかに横たわる男を見つける。
銃口を向けたその男を、シーロンは射殺する。男はアルバートだった。
彼を追ってきたレイフに、シーロンはこの町を出ると告げて、そのまま姿を消してしまう。
ウェイドの葬儀が終わって幾日かが過ぎた墓場で、ハンナとレイフが語らっている。
レイフは一人きりになったハンナに、一緒に暮らそうと誘う。
真新しい墓標に刻まれた銘文を見て、レイフは感動する。そこにはウェイドの名と共に、「ハンナの夫、ラファエル(レイフ)とシーロンの父」と刻まれている。
過去のすべてを許したハンナと腕をとりあいながら、レイフは我が家に向かうのだった。
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物語の前半は、甘やかされたひ弱な青年シーロンの、目を見張るような成長物語がゆったりと語られる。
前半のクライマックスである猪狩りのシーンでは、みるみるうちにたくましく成長した素直な若者に、共感せずにはいられない。この奥手な青年が、美しいリビーと幸福な出会いを果たすまでが、ほぼ中間に当たります。
しかし後半は急転直下。
父親の不品行に抑圧され続けてきた、母親のふとした告白によって、シーロンが影のなかに沈んでいく。そして前半では脇役扱いだった青年、レイフに光が当たる。
完璧な人物造形を見せる俳優たちによって演じられる、この物語のうねりのたくましさ、有無をいわせぬ説得力が、わずか二、三年の間に起こる物語を、何世代にもわたる気の遠くなるような因果譚のように感じさせる、すばらしい脚本です。
全編にわたって抑制を保ったミネリの演出は、不気味なほどの謙虚さを感じさせます。
狩猟の場面はゴッホ、農作業の場面はミレー、森の中の恋人たちはルノワール、といった、完璧な美意識を備えた顕著な絵画性も、けっして物語から浮き立つことなく、すべての要素が結末の悲劇に向けて、粛々と収斂されていきます。
よく見れば、南部の田舎町を舞台にしたこの映画には、森の中から吹き出す黄色い硫黄ガスや、恋するルアナ・パットンが身にまとう深紅のドレス、黄緑色に塗られたスーパーマーケット内のカフェなど、ミネリ独特の狂ったような配色が散見されるのだし、常に冷静なレイフを除く登場人物は、他人のことを考えられない偏執狂だとしか思えない。
しかも物語は、ウェイドとハンナの異常な結婚生活、シーロンとレイフの同性愛的(ミネリは否定しているが)だとも思える友愛や、ハンナとレイフの間にかすかに漂う恋愛感情、そして残虐な復讐などなど、かなりいびつに歪んだ表面下の流れを感じさせます。
それらをどのようにでも自在に誇張できたであろう名優、ロバート・ミッチャムを得ながらも、ひたすら抑制を求めるミネリの演出は、逆に俳優たちの些細な一挙一動を、それが神話の一コマであるかのように際立たせることになります。
父親の因果応報に端を発した、大仰に圧縮された悲劇の連鎖という物語自体は非常に通俗的なのに、ミネリが求めているのはたんなる悲劇の誇張ではなくて、演出や色彩、カメラワーク、さらには映画の「外」にある美意識を総合的に駆使しながらそれを塗り固めて、他の芸術ジャンルに匹敵する完璧な造形美を作り上げることだったのではないかと感じられます。
いや、それまでの思い入れを持たないにしても、とにかく泣ける、そしてパーフェクトに美しい本作がなぜ普通に「名画」の列に加えられないのか、不思議に思えてしまう圧倒的な傑作でした。
(25 July, 2006 ©taraga)