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さよならチャーリー
Goodbye Charlie

監督: ヴィンセント・ミネリ Vincente Minnelli

1964年

製作: David Weisbart
原作戯曲: George Axelrod
脚本: Harry Kurnitz
撮影: Milton R. Krasner
音楽: André Previn
美術: Richard Day, Jack Martin Smith
出演: Tony Curtis, Debbie Reynolds, Pat Boone, Joanna Barnes, Ellen Burstyn, Laura Devon, Martin Gabel, Roger C. Carmel, Harry Madden, Myrna Hansen, Michael Romanoff, Michael Jackson, Anthony Eustrel, Donna Michelle, Walter Matthau


★★☆冒頭シーンは意欲的

ヴィンセント・ミネリ、最後のコメディ。監督になって以来、初めて古巣の MGM を離れて他社(20世紀フォックス)で撮った作品です。
当時、自己のプロダクション "Venice Productions" を設立(1962)したばかりのミネリは、『マイ・フェア・レディ』の監督の座を狙っていました。しかし周知の通りそれは実現せず(1964年にジョージ・キューカーが監督)、予定が空いてしまったところにフォックス社から飛び込んできたのが、舞台劇 "Goodbye Charlie" 映画化の依頼です。
以前から一緒に仕事をするのを避けていたデビー・レイノルズが主演すると聞いて、気乗りしなかったミネリが監督せざるをえなくなった裏には、財政上の事情もあったようです。

以下 *** 線間は(早口のセリフや気の利いた言い回しが絶望的に聞き取れないので)、あやしい部分もあるシノプシス(結末までネタバレ)です。


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夜の洋上に浮かぶ豪華クルーザー。船上では、ハリウッド関係者の華やかなパーティが開かれている。
プレイボーイのシナリオライター、チャーリー(ハリー・マッデン)は、ハンガリー人のプロデューサー、サルトリ(ウォルター・マッソー)の若い妻(ローラ・デボン)を誘惑し、キャビンに連れ込んだ。
プロデューサー仲間とカードゲームに興じながら、浮気の一部始終を鏡の中に見ていたサルトリは、キャビンに踏み込んでピストルを乱射する。慌てて船室の窓から海に飛び込んだチャーリーは、二度と浮かんでこなかった。

海辺に建つチャーリーの自宅で開かれた葬儀の出席者は、わずか四名。ライター仲間の親友、ジョージ(トニー・カーティス)が悼辞を読み上げただけで、寂しくお開きになる。
強い風が吹き、海があやしく荒れたその夜、残務整理のためにチャーリーの家に残ったジョージは、見知らぬ青年(パット・ブーン)の訪問を受ける。ブルース・ミントンと名乗るその青年は、ハイウェイで全裸の美女(デビー・レイノルズ)を見つけ、彼女に言われるがまま、ここにつれてきたのだという。
見たこともない放心状態の女を押しつけられたジョージは、仕方なく彼女をチャーリーのベッドに寝かせるのだが、明け方になって女の絶叫にたたき起こされる。そのうえ、女は自分がチャーリーだと主張するのだ。

はじめは女の言うことを信じられなかったジョージも、彼女がチャーリーと彼しか知らない秘密を知っているので、信じざるを得ない。混乱した二人はしだいに事態を受け入れ、チャーリーの魂が女に転生したのだと結論する。
身だしなみを整え、女性の服を着たチャーリーの美貌に、ジョージは驚嘆する。
昨夜チャーリーを連れてきたブルースも、彼女の様子を見に現れて、その美しさにぞっこんの様子。
さっそくチャーリーはエステティック・サロンに出かけ、そこで出会った、男だった頃に自分がつきあっていたフラニー(エレン・バースティン)とジェイニー(ジョアンナ・バーンズ)に、自分はチャーリーの未亡人だと自己紹介する。それどころか男だった頃の自分と彼女らとの関係をネタに、一万ドルを強請る始末。

自分が美女に生まれ変わったことを楽しみはじめたチャーリーは、ジョージと共にサルトリの釈放を祝うパーティに出席する。女好きのサルトリは、さっそくチャーリーに目を付ける。
チャーリーがフラニーとジェイニーを恐喝したことをパーティ会場で知ったジョージは、チャーリーを罵倒し、彼[女]のもとを去ろうとする。フラニーとジェイニーから受け取った小切手を焼き捨てて、許しを請うチャーリーは、ベッドに泣き崩れる。そんな彼[女]をジョージはやさしく撫でるのだが、チャーリーが女としてジョージを求めはじめたことを知ると気味が悪くなり、近所のモーテルに宿を取るようになる。

頻繁に家を訪れるようになったブルースからドライブに誘われ、チャーリーはまんざらでもない様子だ。
やがてブルースが大富豪の息子だと知り、彼[女]は胸をときめかせる。
彼[女]の留守中にジョージは警部(ロジャー・C・カーメル)の訪問を受け、警察がチャーリーの死後の未亡人とジョージの不審な行動に疑いの目を向けていることを知る。慌ててチャーリーとの、国外逃亡を画策するジョージ。
一方でブルースの豪華な大邸宅に招かれたチャーリーはプロポーズされ、特大のダイヤの婚約指輪を贈られる。しかし二人でグラスを重ねているうちに、母親の抑圧に悩む純粋な青年を騙すのがかわいそうになり、酔いつぶれた彼の手にダイヤを握らせると、こっそりとその場を立ち去る。

その頃、ジョージはサルトリを訪問し、彼の力でチャーリーの偽造パスポートを入手してもらえないかと頼み込んでいた。快く彼の願いを聞き入れたサルトリは、その場で電話をして指示を出し、受け渡し場所をジョージに伝える。しかしサルトリが使った電話は線が外れていて、彼は電話をかけたふりをしただけだった。
待ち合わせのレストランで待ち続けるジョージは、やがて自分が腹黒いサルトリに騙されたのだと悟り、チャーリーの家に車を飛ばす。

ブルースの家を去って帰宅したチャーリーは、自宅で待ちかまえていたサルトリに襲われる。
あわや体を奪われそうになったそのとき、ピストルを構えたサルトリの妻が現れて、ふたりを狙う。
駆けつけたジョージが見たのは、ピストルを乱射するサルトリの妻に追われたチャーリーが、ベランダから海に飛び込む姿だった。
ジョージは続けて海に飛び込むが、チャーリーはどこにもいない。

混乱したサルトリ夫妻を追い返して、一人チャーリーの思い出にひたるジョージ。
遠くから幻のように、チャーリーの名を呼ぶ、チャーリーが姿を変えた女の声が聞こえてくる。
それが幻聴ではないとジョージが気づいたとたん、ベランダから大型のポインター犬が飛びついてくる。
続いて現れたのはチャーリー、ではなく、それまでチャーリーの魂が宿っていた女性で、彼女が呼んでいたチャーリーは、犬の名前だった。彼女は犬のチャーリーに導かれて、この家に来てしまったのだという。
お互いに惹きつけられはじめたジョージと女性が親しげに台所で語らっていると、居間ではポインターが我が物顔で室内を物色し、チャーリーしか知らないはずの隠し場所から酒瓶を床に落として、こぼれた酒を舐めていた。

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20世紀フォックス作品とはいっても、ミネリはスタッフを馴染みの人材で固めたので、MGM時代との変化はそれほど感じられません。
原作はブロードウェイのヒット作ですが、しょせんは(女優が、死んだ男の魂に体を乗っ取られた女を演じるという)役者のしどころを優先した底の浅いコメディです。死んだチャーリーの魂が、すでに生きているものに乗り移るという、この作品独自の「転生」のシステムも、いまひとつわけがわかりません。
さらに物語は、チャーリーを死んでしまってもいいようなクズ男として描かなければならない一方で、彼が転生した女性を魅力的に見せなければならないという、本来的な矛盾を含んでいます。

しかもそれを演出するミネリに熱意がないのだから、はじめから傑作にはなり得ない映画でした (ミネリはデビー・レイノルズの気まぐれをコントロールするので精一杯だったとのこと)。
せっかくセックス・コメディという題材を選んだのに、それほど大胆な展開もなく、ヘイズコード廃止(1966年)間近の映画としては穏当すぎる印象を受けます。

「男」っぽさを誇張して演じる本作のデビー・レイノルズは魅力に欠け、がさつな印象がしばしば不快に思えるほどです。パット・ブーンとデートをする場面での美貌の見せ場は、さすがハリウッドのトップ女優だと納得できる美しさなんですけどね。
他にも、オーバー・アクティング気味なトニー・カーティスとウォルター・マッソーをはじめ、演技は役者任せという感じだし、ワイドスクリーン上の(トリミングされたビデオで観たのですが)人物の配置にも工夫が見られません。
けっきょくは良くも悪くも、「並」程度の出来の、あまり笑えないコメディになっています。

しかしそんな本作にも、ミネリの意欲を感じさせる、見どころがあります。
映画が始まって4分間ほどのアヴァンタイトル部分で、チャーリーがウォルター・マッソー演じるプロデューサーの銃弾に追われ、海に飛び込むまでのシークエンスです。

冒頭。豪華クルーザー上のパーティ会場の中央では、いかにも60年代らしいカラフルな衣装に身を包んだ男女がひしめきあい、グラマーな女性がバストを揺らしながらゴーゴーを踊っています。会場の片隅ではプロデューサーたちがカード・ゲームに没頭し、そのうちの一人、ウォルター・マッソーの背後では、プレイボーイふうの男が若い女を抱き寄せ、キスをはじめます。
その姿に気づいた周囲の女たちが驚きの表情を浮かべ、すぐさまウォルター・マッソーに視線を走らせます。彼女らの表情から、逢い引きをしている女はウォルター・マッソーの妻であり、プレイボーイふうの男は、周囲の女たちとも関係がありそうだと理解できます。さらにカードの卓を囲むプロデューサーの一人も異変に気づいて、慌ててマッソーの顔をのぞき込むのですが、それらの人々の慌ただしい視線の動きは、そのまま手持ちカメラの激しいパンで表現されるのです。

カラフルな色彩の氾濫のなかを、これがミネリの映画かと驚くほどにめまぐるしく移動するワイルドな映像には、すっかり興奮させられてしまいます。
マッソーが妻の浮気を映し見る鏡は、初期のミネリ作品『ボヴァリー夫人』で、ジェニファー・ジョーンズ演じるボヴァリー夫人の欲望を映し出したそれを容易に連想させます。
平静を装ったマッソーが無言で立ち上がると、以後カメラは彼の行動を追いかけ、ドアをぶち破ってピストルを発砲する浮気相手の夫におびえたプレイボーイ(すなわちチャーリー)が、慌てふためいて海に飛び込むまでが、プロデューサーの主観で捉えられます。

複雑な人間関係のなかで一人の男が死に至るまでのなりゆきを、ほぼセリフなしの4分間の映像だけで、流麗かつ華麗に描いてしまう至芸を見せられると、これこそ映画を観る喜びだと感じずにはいられません。
チャーリーが飛び込んだ海面から浮かび上がるタイトルに続き、アンドレ・プレヴィンによる陽気な主題歌 "Goodbye Charlie" と、カラフルな海中の生き物たちのアニメーションを背景にしたキャスト、スタッフ・クレジットが始まるのを見て、なんて楽しそうな映画だと、心を躍らせたんですが。

そのあとがどうも。


参考資料: Stephen Harvey "Directed by Vincente Minnelli"

(07 September, 2006 ©taraga)


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