★★★★
遅れてきたスクリューボール・コメディの傑作
ジェームス・スチュワートとグレース・ケリーの『裏窓』コンビ復活のためにジョージ・ウェルズによる脚本が書き下ろされたものの、ケリーのモナコ王室入りのためにやむをえずキャスティングの変更を強いられた末に、ミネリが監督を任された作品です。
ミネリのコメディ作品のなかでも最も軽妙洒脱であり、彼が得意とするファッション・ショーやミュージカル・シーンを存分に楽しめる成功作になりました。
『バラの肌着』という奇妙な邦題は、"Designing Woman" という原題の「ファッション・デザインをする女」+「下心のある女」というダブルミーニングを活かすための、綺麗だが棘のある下着という含意を、同時期のヒット作『絹の靴下』にあやかって表現した苦肉の策だったのでしょうが、内容とはかけ離れています。
米盤DVD(リージョン1)は画質も並程度で、めぼしい特典映像も含まれていませんが、英語字幕を表示できるのがせめてもの幸いです。
以下***線内は、結末のどんでん返しを含むあらすじです。
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出張先のカリフォルニアで宝くじに当たったスポーツ・ジャーナリストのマイク(グレゴリー・ペック)は、パーティで散財のあげく泥酔状態。翌朝目覚めると、会社に記事を送っていなかったことに気が付いた。慌てて編集長に電話をすると、記事は上出来だという返答。酔って記憶がないうちに、パーティで出会った美女マリラ(バコール)に700ドルをつかませて、記事の送電を頼んだらしい。
お金なんかいらないと、700ドルを返そうとするマリラに、マイクはその金をふたりで使ってしまおうと提案。豪華なバカンスを楽しんで、すっかり気の合ったふたりは、旅先で結婚式を挙げてしまう。
ニューヨークに帰ったふたりは、さっそく共同生活をはじめるのだが、マイクは部屋に飾ってあった元恋人のショーガールのロリー(ドロレス・グレイ)のセミヌード写真を隠すのに悪戦苦闘。そのうちに彼は、マリラが想像以上に大物のファッションデザイナーだと知るのだった。
けっきょくマイクはマリラの豪邸で暮らすことになる。
しかし、バックボーンがかけ離れた二人の生活は、前途多難だ。
夫につきあって生まれて初めてボクシングの試合を見たマリラは、失神する始末。
新婚家庭を訪ねてくるペックの記者仲間と、マリラと打ち合わせをするショービズ関係者は、まったくのミスマッチ。ショーの振付師ランディ(ジャック・コール)がアイディアを思いつくと見境なく踊り出すので、記者たちはおちおちカードゲームも楽しめない。
それでもふたりは、仲むつまじくお互いを認め合う (マイクは内心、マリラの男友達の多さに嫉妬心を抱いているのだが)。
そんなマイクに、思わぬ災難が降りかかる。
ボクシングの八百長を暴く彼の連載記事に、興行界のフィクサーが激怒して、命さえ狙われかねない。
その上マリラは、彼女が衣装デザインを担当するミュージカルショーの出演者・ロリーが、ペックの部屋で見かけたセミヌード写真のモデルだと気づいてしまう。偶然にファッションショーで出会った夫とショーガールのぎこちない様子に、彼女はふたりの関係を確信する。
さらにタイミングが悪いことに、フィクサーの部下のギャングたちが暴力を行使しはじめ、マイクは用心棒の元ボクサーのマキシー(ミッキー・ショーネシー)とともに、雲隠れを迫られる。幼児並みの知能のパンチドランカーで、話し相手にもならないマキシーとホテルの一室に立てこもるマイクは、イライラをつのらせるばかり。
ロリーと口裏を合わせて穏便に過去の関係を清算しようと、彼はマキシーの目を盗んでロリーのアパートを訪れるのだけれど、そこでロリーに夫との関係を問い糺しに来たマリラと鉢合わせをしてしまう。
離婚の危機が迫るなか、シカゴでミュージカルショーが初日を迎える。
マリラはロリーの楽屋に出向いて彼女の衣装を手直ししながら、ハサミを握りしめて、夫がアパートで夫が何をしていたのかを聞き出そうとする。ロリーはマイクのとの過去の関係を認めながらも、あの日は口裏を合わせに来ただけだから、彼を信頼するようにと忠告する。
一方ギャングたちは、姿を現さないマイクにしびれを切らして、ショーの会場からマリラを拉致し、人質にしようと画策する。
情報屋からマリラ誘拐の計画を聞きつけて、マイクとマキシーはショーの会場に駆けつける。
おりしもギャングたちはマイクが事故に遭ったと偽り、マリラを自動車に乗せるところだった。
マイクとマキシー、ギャングたちとの大乱闘がはじまる。
しかし頼みの綱のマキシーは、駆けつけた劇場関係者を殴り倒してばかり。
たまらず自動車から飛び出して加勢をするマリラまでもが、ギャングからノックアウトされる。
そこへ楽屋口から顔を出した振付師ランディが乱入。
ダンスで鍛えた華麗な身のこなしで、みるみるうちに男どもをなぎ倒して、事態を収拾させる。
フラフラになったマイクはマリラの無事を確かめ、ロリーとの関係を「正直に」告白しはじめる。
彼の告白が、ロリーから聞いたばかりの口裏合わせの嘘の通りなのに呆れながらも、マリラは彼への愛を再確認するのだった。
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ミネリの作品は大きくいえば、ミュージカル、メロドラマ、コメディの三つのジャンルにカテゴライズされます。
過去のキャリアを活かしたミュージカルと、映画作家としての野心を注ぎこんだメロドラマに比べると、コメディ作品にはどうしても、会社の注文を無難こなした印象がつきまとうのですが、逆に言えばそのジャンルにおいてこそ、職人的な技量や個人的な趣味がのびのびと発揮され、脚本や俳優たちの化学変化による思わぬ成果が期待できます。
本作もケリーの予期せぬ降板によって、ヒロインがローレン・バコールにバトンタッチされ、バコールの指名によって相手役にグレゴリー・ペックが選ばれました。またショーガール役にはシド・チャリシーが予定されていましたが、当時のシドはバコールよりも格上だったため、ドロレス・グレイに変更されたのだそうです
(個人的に大好きな女優なので、これは嬉しい変更)。
なるほどストーリーには、社会のウラを知らないかわいい女性が、波乱の事件を経て、いずれは亭主を尻に敷くだろうたくましさを手に入れるという成長物語が含まれていて、これはグレース・ケリーの優雅なイメージにぴったりです。
かたや酸いも甘いもかみ分けた感の貫禄充分なバコールは、ボクシングの流血を見て失神するようなか弱い女性には、とても見えません (撮影当時彼女は、死の病にある夫、ハンフリー・ボガートとの最後の時間を過ごしていました)。ペックなんかどう見ても、最初からバコールに圧倒されています。これじゃあ、意外性がありません。
しかし本作にはもう一つ、1930年代半ば以降の大戦前に隆盛を極めた、スクリューボール・コメディの復活という重要な意図が含まれています。
テレビ時代を迎えて過去のモノクロの名作に触れる機会が多くなった観客に、カラー/ワイドスクリーン上で往時の活気を再現した最新作を提供しようというもくろみがあったわけです
(Stephen Harvey "Directed by Vincente Minnelli" の指摘による)。
さばさばとしたバコールと、余計な芝居をしない(できない?)ペック *1の組み合わせは、期せずしてそのジャンルにおけるホークスの大傑作、『赤ちゃん教育』(1938)や『ヒズ・ガール・フライデー』(1940)を彷彿とさせるムードを醸しています。
ミネリの演出も生気に満ちています。
二日酔いのペックの「耳」の主観による、頭にガンガンと響く物音や、バコールの大げさな失神場面、パーティや乱闘場面でのドタバタ演出など、いつになくギミックな誇張が多用されているものの、まったく嫌味を感じさせず、これぞソフィスティケイト・コメディ、といった印象を与えます。
構図を計算し尽くした細かい移動撮影や、奥行きのあるリアルなショットの構成、派手だけれどもけっしてけばけばしくはならない、趣味のよい色彩感覚など、ミネリらしいテクニックが遺憾なく発揮されています。
もちろん、華やかなファッションショーやミュージカル場面の演出もお手のものです。
残念ながら映画出演の少ない、すばらしい女優/歌手、ドロレス・グレイの歌と踊りを見られるのも、嬉しい限り。
さらにすばらしいのは、本作でアカデミー賞を受賞したジョージ・ウェルズの脚本で、意外なエピソードや小道具、個性的な脇役たちのキャラクターがみごとにからまって、すべてが心地よいハーモニーを醸しながら、結末の大乱闘に収斂するさまは、じつにみごとです。
しかもその乱闘シーンでは、見てるだけでおかしいパンチドランカーの用心棒が大活躍と思いきや、とんでもない大どんでん返しが待ちかまえています。
これぞ、映画ならではのウソが呼び寄せる爽快感!
しかも乱闘を収拾させるその人物が、どうもゲイピープルらしく見えることにも、男女のセックス・ウォーを描く上での、ミネリの含みを感じます。
コメディのジャンルにおけるミネリ最大の成功作であり、ハリウッド映画のスクリューボール・コメディ、ソフィスティケイテッド・コメディのなかでも屈指の傑作だと言ってもいいと思います。
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ちなみに、本作の日本語でのほとんど唯一の情報源である allchinema
ONLINE の解説 では、「ナレーション・リレーの形式が中途半端にリタイアしてしまうのが本作の弱点」と書かれていますが、物語が佳境に入ると、しだいにナレーションが抑えられるという巧妙な作劇からは、「中途半端にリタイアしてしまう」という印象は受けません。さらにその「ナレーション・リレー形式」によって、みごとなオチが付けられているのですから、この不当な評価は残念に思われます。
また、ヒロインの名前(Marilla)の読み方は、この解説中のマイラではなくてマリラ(マリッラ)です。
*1 ヘンリー・シーハンによるインタビュー
より
ミネリ:私はドゥービル [訳注:映画祭] から戻ってきたばかりだが、向こうでグレッグ [グレゴリー・ペック] に会った。彼は私の後ろに座っていて、彼の初期の作品『アラバマ物語』(1962)が上映された。彼は身を乗り出して言った。「なんで『バラの肌着』をやって楽しまないんだ。気が滅入っちゃうよ!」
――あなたは彼が大根役者だったと書いていますが、彼から軽妙な演技を引き出しました。
ミネリ:彼は上出来だった。
(03 September, 2006 ©taraga)