★★★
久保菜穂子にウットリ
ニュー東映作品。
この頃の東映の撮影所は、「役者は最低三本くらいの台本を持っていたし、会社の中を悠々と歩いているやつなんて、ホントだれもいなかった」という忙しさで、作品の供給が間に合わないという押せ押せムードのなか、60年3月には第二東映を発足させている(翌年2月にニュー東映と改称し、12月に解散)。
本作は、片岡千恵蔵が「進藤(英太郎)さんとかけ合い漫才的に羽目を外して」いった末に産み落とされた珍品のひとつらしい。
ニュー東映は「製作費も本体の八十%だった」ということだが、当時東映のエース格だった小沢茂弘が、たまたま現代劇を撮った、というだけで、今日でいうB級的な貧乏くささは感じられない。(以上引用は小沢茂弘/高橋聰「困った奴ちゃ
東映ヤクザ監督の波瀾万丈」(ワイズ出版刊)より)
世界中のギャングたちが、日本の賭博市場を一手に握ろうと画策。先陣を切って日本に上陸したチャイニーズ・マフィアの竜(月形龍之介)一味と、アマゾン帰りの源次(片岡千恵蔵)たちが対決する、という話。
千恵蔵の味方につくのは、ゴールドラッシュの熊吉(進藤英太郎)、スペードのジャック(江原真二郎)、二枚目役の梅宮辰夫、といった面々。
御大千恵蔵はとにかく、オモチャを手にした子供のように、やりたい放題で遊んでいる。
しかもそのオモチャというのが、世界一の映画大国だった日本で、一時は全国の興業収入の三分の一を独占していた「東映」なのだから、スケールが大きい。
ただでさえ押し出しの強い御大が、大きな頭に大きなソンブレロとメキシコの民族衣装という異様な風体で、ヨイヨイヨイトナと木曽節を口ずさみながら登場するんだから、すごいでしょ。
チンピラに囲まれても、ひょいと片腕を振るだけで、まとめて吹っ飛ばしてしまうのだし、敵に出会ったら、「ウッ」と当て身を食らわせれば、相手は即座に失神するのだし、銃撃戦になっても、もちろん敵の弾はあたらない(それどころか「よしきた」というかけ声とともに、悠然と弾丸をよけてしまう)。
しかし、なにしろ現実の撮影所で、普段からそのようにふるまっている御大がそうするのだから、どんなムチャクチャも自然体であたりまえ、という楽しさなのだ。
それに加えてすばらしいのが、この映画での久保菜穂子である。
50年代は新東宝を主な活躍の場にしていた久保の、たとえば「女王蜂の怒り」という主演作を見ても、彼女は今ひとつ線の細い、パッとしない女優だった。
本作での久保は、ハンドバッグにピストルを忍ばせた、悪役・月形龍之介の秘書兼ボディガードみたいな存在なのだが、スリムなチャイナドレスがよく似合う、颯爽とした美女である。
じつはこの女、恋人の敵である月形の命を狙っているのだけれど、隙を見て月形にピストルを向けたところを見とがめられて、なんと発狂してしまう(すさまじい展開です)。
この発狂ぶりが素敵の一言。
突如、頭をかきむしって奇声をあげるさまが、まるでサイレント時代の欧米のクラシック映画を見ているような上品さ、美しさで、こんなに魅力的な女優だったのかと、ほれぼれしてしまう。
さて、精神病院に収監されていく久保は、千恵蔵にジョーカーのカードを手渡すのだが、それを見た千恵蔵は、久保がなにやらわけありで、キチガイのふりをして危機を逃れたのだと看破する(あきれた眼力である)。
病院から久保を救出するために、「よし、オレにいい考えがある」と膝を打つ千恵蔵。それは、自分もキチガイになって病院に入る、という幼児的発想の作戦なのだった。
おりしも病院では、狂人を一室に集めて好き放題をやらせるという、一種の開放治療(?)が行われていて、狂人役のトニー谷、由利徹、南利明らとともに、千恵蔵も目をむいて踊り狂うのだから、壮絶きわまりない。
ここでも久保菜穂子はノリノリである。
激しく体をシェイクさせながら中国歌謡を歌う(アフレコだけど)姿がまた、たまらなくかわいらしい。
それにしても、こういう珍品お馬鹿作品に限って、思いきり印象的な演技をしまくる女優って……。
久保を救出した三人は、久保の妹(佐久間良子)が経営する「オキ牧場」に身を隠す。
牧場の看板の「OKI」の「I」の字が小さく書かれて、「OKi 牧場」になっているとか、「OKi
牧場の決闘」だといえば、続々と悪党退治の仲間が集まってくるとか、まあ、そんな映画なんですけど、日本一の御大が、世界一のオモチャで遊んでいる余裕のせいで、すこしもサムくならないところが幸福きわまりないという、見て損にはならない珍品なのでした。
(2003/9/4 中野武蔵野ホール)